04/23/2009    眠い眠い
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打ち合わせで六本木に行ったら、
なんかニュースがあったらしくて
周りがどうもソワソワしてました。


打ち合わせ終わりで聞いたら、
この近くの公園で酔っ払って
裸になったはった、とのこと。
あぁ、近くなんだ。

もう一本打ち合わせしに渋谷に回り、
終わったらもう頭はカツカツで
とにかく眠くて眠くて。

なんだかフワフワして、
どうしたんかなと思って気がついたら、
なぜか一人で東京ドームの外野席
最上段に座っていました。

ホークスとファイターズが闘っております。

眠くて眠くて、
今、何回なのかもわからない。

なんでここに来たんだろう。

そういえば10年ぶりだ。
前にここで見たのはプロレスだった。
最後に球場で生のプロ野球見たのは
20年くらい前。

こんなに眠くてボーッとしてるのに。
なんでここに来たのかわからない。
眠い眠い。

でも悲しいかなお酒は一滴も飲めないので、
全裸にはなれないと思います。

9月にもう一本、舞台が入りそうです。
なんにせよ
一本でも多く芝居させてもらえるのは
やっぱり嬉しいことです。
単純に、本番は好きだから。

でも、眠い眠い。
もっと眠くなるでしょう。
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名刺である。

「菱田信也事務所」というのは屋号である。
つーか、ニュアンス的には「劇団名」であった。
自分のことを調べたら、04年にこの名前を付けた、らしい。

最初、1994年に始めた劇団の名前が、
2、3年に一度の割合で改名し続けた。
やたら変えたのはメンバーが変わったり、
気分が変わったり、
ゲンが悪い(縁起悪い)ような気がしたりしたからで、
しまいに今はなんて名前だったかしらんと思うように
なった頃、「劇団員」という人たちが一切いなくなった。
嫌われたんだろうな。
ほんと、見事に一人もいなくなった。

で、仕方なく、それ以降、芝居をやる時は
その都度、あっちゃこっちゃから役者を騙くらかして
連れてきて、とりあえずでっち上げしてきた。
それでも一応屋号はいるなあと思い、付けたのが
「菱田信也事務所」だったのだ。
そうか、ちゃんと芝居初めて10年目、だったんか。
今、自分のプロフィール見て気付きました。

・・・しかし事務所つってもなあ。
登記とかしてるわけでもなし。
事務仕事、誰もしとらんしな。
つうても、「菱田商店」じゃねえ、ダイコン売ってそうだし。

学生時分は、つかこうへいさんが好きだったから
伝説の「つかこうへい事務所」に憧れてた名残だと思う。

まあ、あくまで芝居のための屋号だから
局地的なものだし、知られてるわけでもなし、
有名無実なものと思ってたんだが。

ところが。
この春、かねてから御世話になり続けてきた
最強隠密代理人U氏が正式にオレのエージェントと
なり、「作りました」と言って差し出してきた名刺に
「菱田信也事務所」となっていたのだ。

えええ???!!!
こういうことになるの?!!
ひええええ〜〜〜〜。
ま・・。あくまで(仮)だろうけど。

しかしU氏は今、この名刺を持って
関東一円、あらゆる関係先を回ってるわけだ。

しかも、よく見たら
屋号の下にこのブログのURLが明記されて
おるではないか。
あかん・・・。

関係者にこれ以上、こんなの読まれたらマズイ。
ただでさえ、今、微妙な時期なのに・・。
最近は立て込んできた仕事の都合で
ウッカリしたこと書けないし。

だから、もう告知以外、好き勝手なこと
書くのやめとこう。

「菱田信也事務所(仮)」、
東京で頑張っております。
業務欄には「企画・劇作・シナリオ全般」
となってございます。
7月に1本、8月から2本、ドラマ始まります。
しかし、まだまだ余裕ブッコキですので
御用命、ご連絡お待ちしております。

よろしくどうぞ。
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この春、東京に出てきよった
役者2名と西新宿で会食。

一人はまだハタチのくせに
出てきてしまった女子、
もう一人は前にも書いた
「ムチャっちゃ、ムチャな」
出て来方してきたA君こと
足立寛和である。

中年のおっつあん2人が
ハタチの女子を間に置いて
イマイチ日本語が伝わらないインド人が
ボーイやってるカレー屋でカレー食ってたのだ。
相当カライぜ。

「とりあえず続けとけっ」と伝え、
二人と別れて歌舞伎町まで歩いた。


相変わらず、人、多いなぁ。
なんだこいつら。早よ家、帰れよ。

けどなんとなく気づいたけど、
東京ってたぶん住んでるやつらの
80パーくらいは
「あんまり家に帰りたくない」んじゃないか。
さもなきゃこんなにアホほど
食ったり飲んだり遊んだりするとこ、
多いわきゃないもん。

オレは相変わらず
毎週毎週行ったり来たりしてるが、
あんなに住んでる連中みんなスローモーで
ペッタリしてる大阪も、
ろくなもんないのに住んでる連中
みんなイキり倒した神戸にも
帰りたくってしゃあないけどなぁ。


家があるから、なぁ。

こんなとこに住むこと決めたなんて。

ハタチの女子も

中年のおっつあんも

当分、とりあえず続けといて欲しい、なぁ。

どうにもこうにも仕方なくなったら、
オレもちょっと住むわ、そのうち。

3日に一度は帰るけど。
04/13/2009    劇場ができました
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神戸、新長田に新しい劇場、
アートシアターdBができ、
今日はオープニングの記者発表
でありました。

新しい劇場はブラックボックスに
なっていて、完全暗転にできます。
とても劇場らしい構造で、
大阪でももう見かけないタイプの
小屋です。

記者発表が終わり、すぐに
劇場ロビーの一角を借りて
原稿書き、出来てすぐに
劇場から送りました。
締め切り時間から5時間過ぎて
しまいましたが、とりあえず
送れて安心しました。
2日ほどろくに眠れなかったので
ガックリしてたら電話が入り、
いきなりまた東京から
呼び出しです。
次はどこに行けばいいのやら。

初めての劇場で最初にやった仕事が
脚本書きとは、不思議な気分です。
早く、舞台裏を走り回りたいものです。

劇場のオープニングセレモニーは
4月末。
僕がここで初めてやらせていただく
舞台は10月初旬。

長い道のりですかねえ。
あっという間、ですかねえ。
04/11/2009    みもふたもないっけど
長年、大阪でよく一緒に芝居した
役者のA君がこの春、上京した。
で、徒手空拳で出て行ったもんだから
どうしたもんかと、メールが入ってきた。

まあ、とにかく役者で仕事するには
営業してくれる事務所に入ってなきゃ話になんない。
一発、オーディション受けてドカーンとデビュー!!
みたいな話、そういうのは、まあ、ない。
ましてA君は昭和も後半の生まれだし、
いくらシュッと男前、ちゅうても、そりゃ
「そのへん歩いてる普通の同年代よりは」だし。
一応、関西では歴史のある俳優新人賞っての
もらってるけど、
ありゃハッキリ言って持ち回りの賞だしな。

ハッキリ言いますけど。
こんなん言うたらみもふたもないけど。
断言しますわ。

大阪で役者とか俳優やって、
テレビドラマや映画に出て
めっさ売れて人気者になって
ごはん、しっかり食べよう!!
みたいに思ってる人。

1000パー、ムリです。
やめなさい、ないこと考えるの。

いやどうしてもって言うなら
年齢最低16歳までに戻って
最低でもべっぴんかオットコマエになって
(もしくは尋常じゃないほどオモシロイ顔で)
絶対、演劇の勉強なんか下手にしないで
マッサラピンの状態で
とにかく大阪なんかにいないで
さっさと東京行くんなら
10%くらいは可能性、出るかも。

なんでか理屈で言うと、
大阪には畑あっても
作った作物、並べて売るスーパー、ないんだわ。
そんなことない、TV局だってあるじゃないかと
おっしゃる方。
地元で取れた作物を
店先に並べるような良心的なTV局、
どこにもございませーん。
(地物は安いから使う、って考えはあるけどさ)

50歳以上の俳優さんで、まあ、なんとか
センセー、みたいな感じでよくドラマの端っこに
映ってたり、商業舞台に出てはったりする人も
いますけど。
で、この人たちはたまに会ったらやたらエラソーなんだけど。
そりゃ、昔、まだ大阪のテレビ局が多少なりとも
自社製作のドラマやってて、それでみんな仕事
できてた名残りで、
今、そんなの作ってるとこ、ないんだから。

この前、ちょいと小耳に入れたんだけど、
かつて大阪でそれなりに活躍してて、
ドラマもビシビシ出てて(たまに”相棒”とかで
大きな役やってたよ)、そこそこの事務所、自分で構えてた
某俳優さんが、今、タクシーの運転手さんやってはるそうな。
で、仕事入ったら、携帯で連絡受けて
タクシー飛ばして撮影に行きはるそうだ。
まあ、このご時世、タクシーの運転手さん、
できるだけでも幸運なんだけど・・。

で、だから東京行ったらいいのかってなると
これも考え物で
行ったら行ったで、競争率、軽く100倍くらい
高くなるんだから。
どっちにしても難しいですよね。

勘違い、ってのは確かに必要で。
僕が昔から知ってる役者さんでも
大阪にいて、たまにバラエティーの再現ドラマとか
出てたり、東京行ったやつでも、風邪薬のCMとかに
チラッと顔出してるやついるんだけど
まあねえ。
そんなの、ほんとはそこらへん歩いてる子でも
十分できる仕事なんだから。
じゃあなんで出てるんだって聞かれたら
一応、事務所に厄介になってるから
そのへんのやつ使うより安全、ってだけです。
だって急に撮影当日に来なくっても、
事務所に賠償請求できるもん。
それだけの話。
けど、一応、画面に出たらそれなりに
「やってます!」感みたいなの抱くからね。
そういう”感”、一回持ったら、まあ、
2年くらいはモツから、
若いうちは勘違いも必要かも知れないですね。

しかしA君は勘違いもクソも、
圧倒的な年齢のハンディ持ちつつ
なんもかも振り切って出て行っちゃったわけだから。
若いやつが適当に切り上げて
「いい思い出になりました!」とか言える話じゃ
ないですもんねえ。

そういや、昔、A君と一緒に駒場東大前の小劇場に
芝居しに行ったことがありました。
出てる役者が15人で、
お客さんが7人ほどだったのです。
なんであんなことにしに行ったのか、
今考えてもちょっともわかりません。
いや、あれはあれでいい経験だった
なんてえ思いはまるっきしございません。
借金も背負ったし、出てた役者、A君以外は
ほぼ消えていなくなったし。
みもふたもないけど、
ほんとにムダ、そのもので御座いました。
ま、今よりかなり若かったから
ダメージはなんとか癒せましたけど。

今度のA君の上京は
後から考えて「あれもいい経験だった」なんて
口が裂けても言えたもんじゃないという挑戦であります。
ムチャっちゃ、ムチャだもの。

だからこそ。

もっとムチャクチャなったら、おもろいのにねえ。
そしたら、なんかええ感じになるんやないか、とか。
だから、ムチャクチャになるようなアドバイス、
しとこと思いますねん。

ムチャクチャの中身は書かれへんけどさ。
04/07/2009    食を極める
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弁当の蓋、開けた瞬間私は叫んだ。
「ラージライス!!」

おかしいな。買ったのは普通のうなぎ弁当だったが。
メシ、多すぎんか。
ああ、そっか。
ウナギがチイチャいんやね・・・。

大阪谷町4丁目で丸5時間、打ち合わせして、
終わって速攻、地下鉄飛び乗りミナミへ行って
吉本新喜劇の秋田久美子さんの芝居を
ちょっとだけ覗き、また飛び出して
道頓堀を駆け抜け地下鉄乗ろうとしたら
ナンバの駅で「オトコマエ!2」のポスター
貼ってたから、ポスターに向かって
「今から行きますー」と声をかけといた。

次の日は朝から渋谷で4時間会議して、
そこから川崎の潜伏先で仕事、朝までやって。

この丸2日間で、食べたものをひもとくと。

松屋で豚メシ、1。
チーズバーガー、1。
潜伏先でご馳走になったカレー。
で、ラージライスうなぎ弁当、1。

食、極めとるがな。

なんかね。
なーんも食べたいと思うもん、あらへん。

カレーは手作りしていただいたものだが、
そら当たり前に美味しゅうございました。
おうちで作っていただくもんがほんと
一番いいに決まってますわよね。

まあ。 外食つうのは。

外で一人で食うのも当然、
ましてみんなで集まり
ワイワイウィッキーやぐら茶屋
(関西人にしかわからんフレーズ)、
なんて。ねぇ?
外食でうまい思うもんなんぞ、
この世にあるかいやっ!ダアホっ!!
金と時間のムダぢゃっ!
しばくど、そこの「食のプリンス」!
なんちゅうて。

だから行かないからね、「お食事会」。
誘わないでね、そんな集まり。
あー。言いたいこと言うたわ。

ここ数週間、頭トビしてますんや、ワシ。
いろいろあってよ。
でもミサイルをトバす時は先に米中露にだけ
通知しますね。
日本と韓国はハミゴね。寄せてあげないもん。


けど撃ちたかったでしょうねぇ、PAC3。
防衛大臣、ワクワクした顔してたのに、ねぇ?
広島からWBCに急に呼び出されて、
調整不足でも「とにかく全打席思いっきり振りまくった」
爽快な選手いたけど、
迎撃ミサイルは一振りもできんかったやなんて。
あ、それとガメラレーダー。
誰が言い出したんやろ、そんな決めつけた愛称。

それと、なんで「ミサイル発射!」の号外出たんだろ。
発射しただけなのに。号外出すん好きなのかしら。

WBCで日本と韓国がむっさ仲良く激突してたから、
ジョンちゃま、テレビで見ててジェラシったのかな。
「なんかうち、呼ばれてないし〜」みたいな。
だからかしら、心なしかちょっとだけ痩せたみたいだし。
そうでもない?やつれた?ジョニー。
気のせいかしら。

次回のWBCでは出てきて欲しいなあ。
爽快、一振り!!
のどんてぽどんレッツラどん。

本当に謎の多い問題でしたわねぇ。