02/28/2007    1/3考
1を半分に割って、その半分を3つにした、
1/3の今日が最後の日。

昨日はドラマの打ち合わせで、去年から何度も打ち合わせ、みたい
な茶飲み雑談を繰り返してきたのがやっと具体的になり、オレが
担当する脚本の放映は6月になった。ドラマ自体は4月から始まるが。
で、その構成を3月7日に提出とのこと。出た。半年くらい
決まらなかったのに、決まる時は速攻だ。いきなり、1週間で?

で、打ち合わせの帰りしな、メールに、6月新歌舞伎座公演の
書き直し原稿の締め切りを3月1日にしてくれと入って、
「3日にして下さい!!お願い神様」と打ち返した。
5日まででいいって言ってたじゃんよー。

で、ふと考えたら、別の、6月末に上演する芝居が2月末に初稿を
入稿、だった。2月末か。今日だな。
ごめんなさい、今日は無理です。

3月1日からほぼ1週間、飯も食わなきゃ寝ることも
せず、なら行けるか。・・行けるか?

6月、えらいことになってるなあ。
いや、ホントは5月に50分の短編を2本、舞台にのせなきゃ
いけないし、8月にはデカイのが1本あって、その打ち合わせが
今日の夜、なんだよ。
6月。1年の半分の時に、どれだけ固まってきてるんか。
で、そこに行くまであと2/3、どうやって凌げばいいんだろ。
書いたホンのギャラなんて、全部「書いてから」、なんだぞ。
仕事イッパイあったって、貯金はまるでないもんなあ。
ここ数週間、毎日、オレ、ほんとに土方やってたんだわ。
みんな、そんなに忙しいのにウソでしょって言うけどホントだよ。
だって、一日現場に行かないと干上がるんだよ。
で、頭が完全にブルーカラー、になってて、気がついたら
こんなことになっちまってたよー。
けど、3月がこんなんじゃ、稼ぎに行けないじゃん。
へいへい、ほんとなんとかしようぜ、安倍ちゃん。

とにかく、半分の1/3、かろうじて生きてきたぜ。
あとの2/3、なにがなんでも生きていかなきゃねえ。

まだまだ先は長いっすよ、皆さん。ねえ?




02/23/2007    突入、そして撤収考-1
突入には相方が必要だった。
で、急遽呼び出したのが、東京在住、去年夏のモー娘。
ミュージカルにも同行させた若手の役者・山本卓である。
山本はボラギノールのCMが過去最高の見せ場である、
22歳、最近やたら東京近郊で小演劇の舞台に出ている。
舞夢プロ所属。同プロの売れっ子女優・吹石一恵の稼ぎ出す
お金でぬくぬくと育ててもらってる男。

午後5時に丸の内で待ち合わせしたが、着慣れぬスーツ姿で
走ってくるのを見て、やられたっ!!と思った。ナップザック
背負ってやがる。パレスだからね。読売文学賞贈賞式、だかんね。
背負っちゃマズイだろ。
聞けば4時までバイトで、夕方からは芝居の稽古があるのだが、
とりあえずズル休みし、パーティ終わってから合流するという。

パーティ会場ではオレもあんまり荷物かついでられないし、
山本に荷物持たせ、撮影用のカメラも預けて午後6時に会場入り。

今回の突入を決めたのにはふたつのミッションがあったからである。
ひとつは、昨年お会いできなかった井上ひさしさんに御礼の挨拶を
すること。
もうひとつは、後述。
会場に入り、読売新聞文化部、井上さんの担当記者氏に、
井上さんがいるか確認するとまだ来ていないという。
もうすぐ開会なんだけど・・。
「まー。連絡ないですけど。始まるまでには来られるでしょ」。
そういう人なんだよなあ。

会が始まり、今年の挨拶は、出た!!渡辺恒雄!!読売社主!!
来たよ、今年は。生ナベツネ。
日本の戦後政治の陰で新聞記者として駆け抜け、ついには
中曽根政権樹立を背後から画策した男。
ヤクルトの古田選手(当時)を「たかが選手ごときが」と
言ってプロ野球に史上初のストを起こさせた男。
とにかく、ずっと怒ってる人。
ごっつ偉い人。
で、とにかくいっつも上から物言う、
いっつも好き勝手な、金持ちのじいちゃん。

「えー。読売文学賞は、とにかく、日本でも指折りの賞で!!」
やっぱ言ってるよ、上から。
「とにかくこの賞は、完成された大作家にしか出しません!!」
ん?・・・あれ。去年、オレ、もらったぜ。
おかしいじゃないか。だったらなんでオレは、年明けてから
毎日、ゴミ収集車に乗って町中のゴミ回収したり、建設現場で
コンクリこねてたり、製粉工場の天井の小麦粉払いして足場から
落ちて死にかけたりしてんのさ。まったく、このじっ様ったら。

式が進行し、各賞受賞者挨拶が続く中、ふと背中に殺気を
感じて振り向くと、そこに独特のオーラを発散させている人物が。
「かっ・・。唐さん!!!!!」
わしゃ、引きつったね。と、山本が「誰ですかあ?」
知らないんだよなあ。22歳は。

唐さん、かっくいー。かー。かっくいいんだよ、唐さんは。
この時、初めて「来てよかったあ」と思ったな。
劇作家で、写真見ただけで今でも「かっくいー」と思えるのは
やっぱり、つかこうへいさんと唐さんだけだな。
もう、なんせミーハー全開でしたな。
乾杯終わってから、飛んで行ったもん。
唐さんは近大で教授をなさっているから、学生諸君は身近に
接することができるだろうが、それはあくまで「教授」の
唐さんであり、こうして「劇作家」としてそばにいれることの
嬉しさはそりゃ格別である。
「か、唐さんですね!!!?」ま、聞かなくても唐さんだけど。
沢木耕太郎さんの著書「この寂しき求道者の群れ」や、
「若き実力者たち」に描かれた唐十郎の疾風録を読んで痺れた
身としては、とにかく憧れの人である。
一応、自分が唐さんのあとに受賞した人間だとは名乗ったが、
そんなもん、同列にはならないって。

気さくに写真に付き合っていただき、御礼を言うと、
「じゃ、嵐山のとこに行きますので」と、唐さんは去っていった。
そうだ、おう、そうだ。
今年、評論・伝記部門を受賞した『悪党芭蕉』、著者の
嵐山光三郎さんのことである。
昔、「紅テント」の古いフィルムで、当時、雑誌の名編集長
であった嵐山さんが、観客の拍手に答えて颯爽と手を振る唐さんに、
花束を渡していたシーンを見たことがある。それがまた、
かっくいーくて、とにかく、日本のアングラ演劇の最先端、
名編集長と演劇界の風雲児が交差した、輝かしい名シーンである。
その映像がなんせ30年以上前である。
今、その二人がこの場で対面しようとしてるんだもん、
見てるこっちも感動するよな。くー、かっくいー。

で、ボンヤリと会場を見回してて、ある人が目に止まった。
背筋がゾッとしたね。
「村松さん・・・」
作家の、村松友視さんである。
村松さんは故・夏目雅子さんが主演した映画『時代屋の女房』を
書いた小説家。同作で直木賞受賞。
それ以前の1980年、エッセイ『私、プロレスの味方です』
でデビュー。この作品が、当時、大変な話題になり、アントニオ猪木
全盛の新日本プロレスブームが爆発するキッカケを作った。
当時、オレは中学生で、プロレスファンだった。
今でこそプロレスはそれなりに市民権を得ているが、当時は
日陰者の存在で、その「プロレスを見る者」に理論武装を
もたらしたこのエッセイは、ほんと衝撃的だった。
だから村松さんが直木賞を受賞した時、なんか異常に嬉しかった。

実は、23年前、神戸の三宮で一度、会ったことがある。
当時オレは高校生で、なぜか村松さんは一時的に北野町の
マンションに住んでいた時期だった。
駅前で、村松さんを見かけた時、思わず声をかけた。
「ふ、ファンですう!!!!」
カバンから引っ張り出したノートの裏に、サインを書いて
もらった。で、鮮明に覚えているが、その時、村松さんはオレに
「1vs3、どうなったか知ってる?」と聞いてこられた。
1vs3というのは、その前夜に蔵前国技館で行われた、アントニオ
猪木vs国際はぐれ軍団(ラッシャー木村、アニマル浜口、寺西勇)
のデスマッチ試合結果のことだったのだ。
当時は当然インターネットなんかない時代で、試合結果なんか
すぐにはわからない。翌日の「東京(大阪)スポーツ」を
読むか、その週の録画中継を見るかしかない時代だった。
で、確か、村松さんに会ったその夜、試合の録画中継があった
はずで、オレは思わず「今晩、見てみます!!」と答えた。
今晩見てどうすんだよ。村松さんだって見るだろ。
問いと答えがとんちんかん。
ま、そいだけ焦ってた、んだが。
たぶん、村松さんは駅で大阪スポーツを買おうとしてたんだと思う。
サインにはキッチリ「菱田信也くんへ」と添えてもらった。
村松さんはその後、怒涛のように売れっ子文化人となり、
ウイスキーのCMで流行語大賞も取られた。
で、サインをもらってから少しして出版された作品(「時代屋の
女房2」か、「海猫屋の客」だった、と思う)の中に、
「菱田」という登場人物が出てきたんですな。
「オレじゃ〜〜!!」と思いましたね。
まあ、偶然だろうけどさ。
あんまり使わない名前だから、そう思ったんだけど。

とにかく、村松友視さんは、オレにとって、初めて憧れた
「文化人」だったのである。
迷わず、走って行った。
村松さんは、同じくパーティに来ていたイラストレーターの
南伸坊さんと談笑されてたが、構わず、声をかけた。
23年前、三宮でサインをいただいたことを話すと、
「懐かしいな〜!!」と笑って下さり、名刺まで頂戴した。

今回、ここに来た目的のもうひとつ。
実はオレは、『パウダア』のコピー台本を抱えてきていた。
「発刊考」でも書いたが、どうせ出す見込みがないのなら、せめて
読んでもらいたいと思って、3部、コピーしてきたのだ。
1部は野田秀樹さんに。1部は、『ゆれる』で受賞された西川美和
さんに。もう1部は、誰かは決めていなかった。然るべき誰かに、
と思って、持ってきていた。
「村松さん。ぜひ、読んでいただきたいんです」
オレは、村松さんに1部、差し出した。
「え?いいの?」
村松さんは快く、受け取って下さった。

村松さんはかつて雑誌「海」の名編集者で、数々の名作を
手がけてこられた方だ。読んでいただくだけで、どれだけ光栄か。
考えてみてほしい。
15,6の学生服のアホガキが憧れて、街中でサインをもらい、
やがて物書きの端くれになって、ちょっとした賞をもらった。
そのアホガキがかつて憧れた作家に、40になって偶然再会した。
自分が書いた台本を渡せる幸せがどれほどのことか。

そうだ、唐さんや嵐山さんや村松さんは、あの、60年代
アングラ演劇・激動の時代を、それぞれ違う立場でぶつかり合って
来た関係だ。村松さんは、紅テントが軍政・戒厳令下の韓国で
上演を強行した時、編集者として同行していたと聞く。
舞台をやってる人間として、その人たちの輪の中に一瞬でも
入り込めて(ような気がして)、それは言葉にできない感激
だった。

野田さんにもご挨拶させていただいた。
初めて話す野田さんは、驚くほど丁寧な、普通以上に普通な印象の、
きわめて優しい人でした。
挨拶した時は渡せなかったが、あとで担当の記者氏に、野田さんに
お渡しくださいと、台本を預けてきた。

山本を、隅のテーブルにほったらかしだった。
一通り挨拶を済ませて帰ると、山ほど料理の皿を並べてる。
で、なぜか、いつの間にか、同席の、上品な老婦人と仲良く
馴染んでベラベラ喋りつつ笑い合ってる。
この老婦人は、お伺いすると、なんと今回、研究・翻訳賞を
受賞した『ロラン・バルト”ラシーヌ論”』の著者・渡辺守章さん
の妹君だという。
なのにすっかり馴染んでるんだよ、山本が。平気な顔で。
ローストビーフやら伊勢海老やら山ほど盛った皿に食いついてて、
渡辺さんに「いっぱい食べていらっしゃい。いいわね、若い方は」
とか、妙に可愛がられてやんの。孫か、おまえは。
またこの渡辺さんが品のいい、本当に「江戸っ子」!の粋な
方で、70代だというのにお若くて、明るく気さくな方だった。
戦前から俳優座や、日劇のロッパ一座を見ていたという演劇少女で、
なぜか閉会まで3人でやたら盛り上がってしまった。

しかし、いいよなあ、若くて軽くて、あんまりなんにも考えて
なくて、元気でハキハキしてっけど、物知らずな(いや、バカって
言ってるわけじゃないぞ、山本)やつは、ほんと、誰とでも気さくに
仲良くなれるもんなあ。
今回はこいつ連れてきて正解だったな。
オレも、このお堅い、場違いな会場で、寂しい思いせずに済んで
よかったよ。サンキュー。

あ、そうか。村松さんにサインねだった時のオレも、
若くて、軽くて、あんまりなにも考えてなかったな。
元気でハキハキはしてなかったけど。
いつの間にか屈折しまくっちゃったけど。
そういう時期にいろんな人に当たり構わず突入していって、その
おかげで今、こういう席に出れたんだとしたら、やっぱり、
強行突入してくってのは大事なことだよな。

渡辺さんに御礼を言い、会場をあとにしたのが午後8時。
山本はそのまま、どっかの稽古場に直行するという。
オレは午後11時発の深夜バスに乗って、速攻、大阪だ。
撤収、撤収。
二人で中央線に乗って、新宿へ。
オレは新宿で降りて、どっかのネットカフェでシャワーでも
浴びて着替えるか。ネクタイ、嫌いなんだよ。
撤収、撤収。
山本は、そのまま、電車で稽古場に向かった。
今のうちいっぱい人に会っとけ。誰でもいいから。
20年経ったら、ちょっとは実になってるぜ。

で、オレはというと、財布の中には金はない。
ま、ただパーティ出るだけで、分不相応な贅沢したぜ。
帰ったら、明日からまたどっかでつなぎ着て地味に働くよ。
そりゃ書かなきゃいけない本も山ほどあるけどな。
劇作家だ、とか偉そうなこと言って、大阪で生きていけるかよ。

バスは午後11時10分、南口から。
さ。
撤収、撤収。












02/21/2007    突入考‐3
20070221191356
そして、第58回読売文学賞受賞の野田秀樹さんです。
02/21/2007    突入考‐2
20070221191004
with第55回受賞の唐十郎さん。
02/21/2007    突入考‐1
20070221173623
丸の内のパレスホテルに突入いたします!
02/15/2007    発刊考-1
手元に、『パウダア』の上演台本が2冊ある。
1冊は公演前後から、書き込みを入れまくったボロボロの
もので、出演者の皆さんのサインも入れてもらっている
記念品で、1冊はなにも書かれていない、いわば保存用である。
一昨年の上演時、全部で10冊ほど制作方から
いただいたのだが、これまで、いろんな関係者の方に
見ていただいたり進呈したりで、
もう残ったのがこの2冊しかない。

読売文学賞をいただいたあと、いろんな映像方面の関係者から
ドラマ化の打診や問い合わせをもらった。中にはびっくり
するような大プロデューサー氏からも直接連絡を
いただいたが、『パウダア』は映像化が難しい作品で、
内容もある意味きわどい部分があるので、実現には
至っていない。
問い合わせをいただくたびに上演台本を送り、
読んでいただいたら返却されてくるのだが、
なんだかんだと時間が経つにつれて、数がなくなってきたのだ。

『パウダア』は古いワープロのフロッピーディスクに
入っているから、その気になればいつでもプリントアウト
できるのだが、印刷された活字として存在しているという
ことが、書き手にとって大きなことで、できれば手元に
もっと置いておきたいと思うが、こればっかりは仕方
がない。
しかし、考えてみたら、この芝居は賞いただいたり、
なんだかんだと問い合わせもらったりしてるのに、実際に
舞台を見ていただいた方の数はほんの1500人ほど
(もっと少ないかな)、である。
できうるなら、一人でも多くの方に読んでいただきたいと
思うが、今はどうしようもない。

『パウダア』だけじゃなく、過去に舞台にのせた
子たちも、山ほど仮眠させたままである。
申し訳ないと、いつも詫びている。本たちに。

せめて『パウダア』がなんらかの形で出版されるなら、
こんなにシアワセなことはないと思うが、とにかく「戯曲」
というのはよほどのビッグネームのものでなければ
売れない、のだ。いや、小説なんかに比べたら、たとえ
ビックネームでも「戯曲」は「まるで売れない」ジャンルだ。
「売れないもの」は出せない。これは道理である。
今は大変な大御所が、十数年前に同じ読売文学賞を
受賞された作品でさえ、出版の時、自費製作だった
という。で、結果、かなりの負債を背負われたと聞き、
オレなんかとてもとても・・とあきらめた。
が、と言いつつネチッコイ性格なので、実は昨年秋、自費出版の
道を探ってみたが・・・。結果は明快だった。
「200万、負担してください」。それで終わり。

たとえ出せたところで金になんかならないが、金じゃないんだ。
「酬いてやりたい」、ま、その一念だが。

『パウダア』の原作、『いつも煙が目にしみる』は、尼崎市から
冊子の形で出版されている。ほとんど違う形の作品だが、
もしもご興味持っていただけたら尼崎市役所にお問い合わせ下さい。
たぶん在庫はあると思います(近松賞のリンクからどうぞ)。

今、手元にある2冊のうち、1冊は近いうちに手元から離れる
予定になっている。
身を切られるような思いだが、仕方がない。

これを読まれた出版関係者の方。
ご興味持たれたら、ぜひご連絡下さい。
02/13/2007    率直考−1
中学卒業の時だった。
クラスで寄せ書きをして、某君がそこに記した一文をふと見て
オレは愕然となった。
『青春ど真ん中!エンジョイしようぜ〜!』

15歳のオレは、一切の言葉をなくし、ただ、立ちすくんだ。
そして、うわごとのように呟いた。
「そんなこと、書いちゃあいけない・・・」。

高校入学を前にした15歳が、己について『青春ど真ん中』と
表現してしまう、率直さ。
きっとエンジョイするのだろうが、それでもあえて
『エンジョイしようぜ〜!』と、臆面なくLet’s!を
吐き出してしまう、率直さ。

教えて欲しい。
人間は生きていく上で、いったいどこまでの率直さを活用すれば
本当の幸福を得られるのだろう。

もしもオレが幕末ものの芝居を書くとして、坂本竜馬が水平線を
眺めながら「日本の夜明けは近いぜよ!」と叫ぶシーンを
書いてしまったとしよう。
その時点で、オレは即座に”劇作家”の看板を下ろさねば
ならんだろう。
書き手にとって「率直」なんて、屁のツッパリにもならん要素だ。
率直な書き手なんて、筆折るか、キッパリ死んでしまえ。

しかし、実人生とは、そういうものじゃない。
(関係ないけどちょっと前の民主党のTV−CMは率直だったな。
荒れた海を航海してて、一郎ちゃんが飛ばされたら、かんちゃんと
目玉ちゃんが助けに来るやつ。率直ですな。誠に率直。)

あれから25年、経つ。
風の噂に聞く某君の近況は、高校・大学と見事エンジョイしまくり、
今は実業家として大成し、相当な財を成したという。
彼は己が表わしたその「率直」を、見事に具現化したわけだ。

そしてあの日、「率直」にキッパリと背を向けたオレは、
相も変わらず「40歳のワーキング・プア」である。

02/08/2007    任侠考−2
何度か○暴(マルボウ)のデカさんに会ったことがある。

デカさんたちは皆、ヤクザのことを呼ぶとき「極道は・・」と
言う。ちょっと見下げた言い方だが、聞きようによって
肯定的に聞こえる場合もある。親近感みたいなのを漂わせる。
さっき、ニュースでいかつーい集団がドカドカ歩いて
建物に入っていく映像が流れてた。例の発砲事件、最高幹部同士が
手打ちで済ませるらしいってニュース(どうでもいいけど、
最高幹部、だって。かっちょいいね。アホくさ。ほかに呼び方変えたら
いいのに。サル山のてっぺん、とかさ)。
「おっ。みなさん、堂々と映像に顔出しとる」と思ってたら、
それは警視庁のデカさんたちが捜査に出向くとこの絵だった。

似たもの同士、ってやつだな。
02/07/2007    任侠考‐1
20070207105853
『任侠もの』の台本を直してる隣の席でまた近所のヤクザがデカイ声出して喋ってやがる。ここのロイホはほんとヤクザ客が多い。…ったく、こいつらどいつもこいつもクソ下品だ。ファミレスでシノギの話とかすんな。
02/06/2007    歴史考‐1
20070206022725
午前2時に大阪城を突き詰める。歴史は深く、掴みにくい…。まさに、“夢のまた、ゆめ“。
02/02/2007    到来考‐1
20070202170726
き、き、き、来たっ!封筒を見た時、まさかなあ・・と
思ったが、来ましたあ!!招待状っ!!

ご存知の通り、2月1日付けで発表された第58回読売文学賞。
今年の「戯曲・シナリオ賞」は、映画『ゆれる』のシナリオで
西川美和さん、そして、『ロープ』で、の、の、野田秀樹さんである。
野田さんだよ。誰でも知ってる人さ。
えー。・・・説明させるなよ、野田さんのこと。

で、オレの貧相な家の貧相なポストに投函されていた豪華なこの
案内状は、『第58回読売文学賞・贈賞式および受賞パーティ』への
招待状であるっ。はい、拍手。
拍手喝采!!
喝采と言えば、ちあきなおみ!!

いやあ・・来ちゃったなあ。来たよ、マジに。マジかるたるるーと。
ごめん、ちょっと妙なテンションだわ・・・。もう、私ったら。
いやもう、『嫌味くさい自慢』とか『ミーハー丸出しとって出し』
とか言われてもいいわ。来たんだもの。来ちゃったもんは仕方ない。
郵便屋さんが配達してくれたんだろうな、オレの知らない間に。
招待されちゃった〜〜〜ん。どうしましょ?

千代田区丸の内だよ。皇居前のパレスホテルだよ。
行ったよ、今からちょうど1年前。
受賞者はスイートルームにご招待、バーも飲み放題、ルームサービス
も食い放題さ。ちょっとした大名気分に浸れるぜ。
ナベツネさんが記者団に囲まれるのは必ずここのロビーだもん。
なんせ封筒の差出名は巨人軍のオーナーでもある、滝鼻社長から
だもの。いやあ、いやあ。参るなー。

パーティの席に出たら、そりゃイヤでも会うね。イヤなわきゃ
ないけどさ。
会うね。話題の美人シナリオライターの西川さんに。
そして会っちゃうね、・・・野田秀樹どわいせんせいに!!
「やあ、野田くん。君、58回かね。ボクは57回だ」って、
会ったら言っちゃうか?!勇気出して!!?
・・・言えるか!!口、裂けても言えんわっ!!
そうだ・・。サインもらっちゃおおかな・・。
2ショットとか撮ってくる?!
肩とか組んで?!
一緒にフォアグラとか食べちゃおうかしら・・。

いや、待て。
しばし待て待て。
そもそも、行くか?ワシ。
金もないのに、大枚はたいて、東京へ?!ノコノコ??
青春18キップで!?
往復、深夜バスで??・・パレスのパーティに!?
周りにだーれも知った人いないのに、
招待されたからってノコノコ出て行くか!!??
だって、去年、唐十郎さん(第55回受賞。56回は該当なし)
は来てはらなかったし・・。
選考委員の井上ひさしさんなんか「本、書けてないから」って理由で
欠席だったんだぜ(今年の1月にもまた台本遅れて初日が2週間
延びましたね、こまつ座。年がら年中、遅れてはるんだなあ)。

もし行ったらなあ、そりゃ、このブログに書くいいネタできるだろ
けどなあ。
まるっきし、恥、かきまくりだろなあ・・・。
『ぷぷっ。ちょっと呼ばれたからって、おちょけて(いい気になって)
来たはるわ、あの人・・・』って、関西弁で囁かれるに違いない・・。
寿司のカウンターでにぎりとか、握ってようかしら・・・。

往復ハガキ、入ってんだよなあ・・・。
返事、しなきゃいかんのだよなあ・・・、これ。
今、オレの目の前には、オダギリジョーばりに、運命選択カードが
チラチラしてる。
『撤退』?『突破』?『冒険』?それとも『黙殺』!!!???

お願いだ。もう、誰でもいい。
行かないなら行かない、行くなら行くの、強烈に『うん、その
通りだ!!』って、納得できる理由、教えてください・・。
運命の授賞式は21日!!!
往復ハガキ、待ったなし!!!!