01/31/2007 壮年考−1
29日。梅田にて、『田中弘史さん・大阪市第41回市民表彰
受賞報告と演劇生活五十年を懐かしむ会』にお招きいただいた。
田中弘史さんは俳優・演出家、関西俳優協議会会長で、そりゃ
まあ、なんせ偉い方である。
今回の市民表彰には西川きよしさんや、日本振付家協会会長(劇団
四季の”キャッツ”振り付けなど)の山田卓さん・・・など
そりゃもう、えらーい人々ばかりが受賞されている。
そんな田中パパ(愛称、ね。ピロチー、とか呼んでる人もいるぞ。
誰ですか?私じゃないですよ)に、稽古もギャラもなしで『蟹京都』
に出てもらい、2時間半、舞台にじっと座らせた過去のあるオレは
天にツバする男だ。
ご案内をいただき、そういう過去の無礼の数々を思い浮かべ、
「行かねばなるまい・・」と腹くくって行ってきた。
まあ、もう、そりゃ大盛況でした。
田中さんが偉いもんだから、とにかく出席者はみなさん、関西の偉い
重鎮勢揃いである。
冗談じゃなく、たぶんオレが一番若い参加者であろう。なんせ、
小僧である。とにかく、若造。
岡本さんや、まなたんさんに書き込んでいただいた「壮年」という
感覚、もう腹の底からご馳走になった。とにかく、ご列席の「壮年
の皆様」は元気だ。タフだ。さすが、携帯もコピーもファクスも
パソもない時代に芝居してた人は、(どんな職業でもそうだろうが)、
とにかく血流の流れが早いっちゅうか、濃度が濃いっちゅうか、
なんせ沸騰しまくってる。
マイクつかんだら離さない!!ね。
歌い出したら歌い切る!!ね。
で、人のスピーチなんか聞いちゃいない!!ね、ね、ね。
コミュニケーションの深さというか、今の若いのとは情念のかけ方
が違うんである。
たとえば、思いのたけを伝えるのに、今の連中はメール一発で
すぐさま伝えられる。
だから芝居も、薄い。なんせ、念が籠もらない。
だって待ち合わせひとつでも、今のやつは「待ちぼうけ」って
しないもんな。オレの学生時代が最後だと思うけど、女が
約束の時間に現れなくて、オレ、8時間、駅のホームで待ったこと
あるよ。
でも、そのぶん会えた時には泣ける。
好きだあ!!!と叫ぶ。情が燃え上がる
(たとえ相手が約束してたこと忘れてたとしても)。
だから今、若手にいくら情感求めても無理なのだ。たとえば、稽古で
「女を待ってるのに、なんでそんなにヘラヘラできるんだ!」
と聞いても「携帯ですぐ居場所わかりますから」って言われたら
もうどうしようもない。
しかし、壮年方は違う。
かつての若者たちは違ったのだ。
意地でも伝える!!という、気合の込め方が違う。
芝居は、心のやりとりである。
携帯電話でお気軽にコミュニケーション取れる世代は、その意味、
不幸だ。
残念ながら、息の長い、いい役者なんか出てきっこない。
けど、田中パパは50年!!だ。
降参するね。
とりあえず、ご挨拶だけ各方面にしつつ、立食だったんで、
食うだけ食って30分でとっとと退散した。
勝てんよ、壮年の荒ぶる魂には。
いや、まだまだ弱年です。壮年なんてまだまだ。
ケツの青い、小僧ですよ、私なんざ・・・。
田中パパ弘史様、おめでとうございました。
今後もどうぞごひいきに・・。
受賞報告と演劇生活五十年を懐かしむ会』にお招きいただいた。
田中弘史さんは俳優・演出家、関西俳優協議会会長で、そりゃ
まあ、なんせ偉い方である。
今回の市民表彰には西川きよしさんや、日本振付家協会会長(劇団
四季の”キャッツ”振り付けなど)の山田卓さん・・・など
そりゃもう、えらーい人々ばかりが受賞されている。
そんな田中パパ(愛称、ね。ピロチー、とか呼んでる人もいるぞ。
誰ですか?私じゃないですよ)に、稽古もギャラもなしで『蟹京都』
に出てもらい、2時間半、舞台にじっと座らせた過去のあるオレは
天にツバする男だ。
ご案内をいただき、そういう過去の無礼の数々を思い浮かべ、
「行かねばなるまい・・」と腹くくって行ってきた。
まあ、もう、そりゃ大盛況でした。
田中さんが偉いもんだから、とにかく出席者はみなさん、関西の偉い
重鎮勢揃いである。
冗談じゃなく、たぶんオレが一番若い参加者であろう。なんせ、
小僧である。とにかく、若造。
岡本さんや、まなたんさんに書き込んでいただいた「壮年」という
感覚、もう腹の底からご馳走になった。とにかく、ご列席の「壮年
の皆様」は元気だ。タフだ。さすが、携帯もコピーもファクスも
パソもない時代に芝居してた人は、(どんな職業でもそうだろうが)、
とにかく血流の流れが早いっちゅうか、濃度が濃いっちゅうか、
なんせ沸騰しまくってる。
マイクつかんだら離さない!!ね。
歌い出したら歌い切る!!ね。
で、人のスピーチなんか聞いちゃいない!!ね、ね、ね。
コミュニケーションの深さというか、今の若いのとは情念のかけ方
が違うんである。
たとえば、思いのたけを伝えるのに、今の連中はメール一発で
すぐさま伝えられる。
だから芝居も、薄い。なんせ、念が籠もらない。
だって待ち合わせひとつでも、今のやつは「待ちぼうけ」って
しないもんな。オレの学生時代が最後だと思うけど、女が
約束の時間に現れなくて、オレ、8時間、駅のホームで待ったこと
あるよ。
でも、そのぶん会えた時には泣ける。
好きだあ!!!と叫ぶ。情が燃え上がる
(たとえ相手が約束してたこと忘れてたとしても)。
だから今、若手にいくら情感求めても無理なのだ。たとえば、稽古で
「女を待ってるのに、なんでそんなにヘラヘラできるんだ!」
と聞いても「携帯ですぐ居場所わかりますから」って言われたら
もうどうしようもない。
しかし、壮年方は違う。
かつての若者たちは違ったのだ。
意地でも伝える!!という、気合の込め方が違う。
芝居は、心のやりとりである。
携帯電話でお気軽にコミュニケーション取れる世代は、その意味、
不幸だ。
残念ながら、息の長い、いい役者なんか出てきっこない。
けど、田中パパは50年!!だ。
降参するね。
とりあえず、ご挨拶だけ各方面にしつつ、立食だったんで、
食うだけ食って30分でとっとと退散した。
勝てんよ、壮年の荒ぶる魂には。
いや、まだまだ弱年です。壮年なんてまだまだ。
ケツの青い、小僧ですよ、私なんざ・・・。
田中パパ弘史様、おめでとうございました。
今後もどうぞごひいきに・・。
01/28/2007 再会考−2
本日はうめだ花月にて「うめだ新喜劇」、昼夜2回公演。
今日が初日以来4日目、初めての日曜興行。
さすが、13時の回は大入り満員で立ち見もビッシリ。が、
やはり日曜の昼の回は、どんな芝居の興行でもそうだと思うが、
お客さんも気分が弛緩してて、意外に空気は重め。
16時の回は昼よりちょっと入りは少なかった(といっても客席は
満席)が、ノリは昼間より数段よかった。
(ちなみに、芝居するとき、一番やりにくいのは土曜夜公演。
オレたちが普段やってるような小演劇で、土曜夜に来るお客さんと
いうのはたいがい、見る気満々の人々(マニアック、つうか)である。
なんつうか、まあ、よっぽど芝居好きでなけりゃ土曜の夜に
わざわざせまい劇場に足は運ばない。
が、土曜夜というのは、客席が前傾姿勢なのにも関わらず、
舞台上の役者の集中力が一番散漫になるのだ。
だから、もう、笑うくらい舞台と客席がすれ違う。
なので、ここ数年、オレは土曜日の公演は昼だけにしている。)
本日の出番表を楽屋で見たら、新喜劇のあとの漫才陣の中に
『ケツカッチン』の名が。
『ケツカッチン』は、元ベイブルースの高山さんと、和泉修さんの
コンビである。
なつかしー。
18年前、大学に通いながらスタッフとして付いたバラエティ番組
が、和泉修・清水圭の『素敵!KEI−SHU5』(今、巷で
話題の”あるある”関西テレビ)だったのだ。
ついで言うと、初めて演出助手として付いた芝居が、
劇団そとばこまちと吉本興業の合同公演で、その主演が圭修だった
(もう一人の主演は生瀬勝久さん)。
修さんの楽屋に挨拶に行くと、顔を覚えていてくださった。
しかし、ほんと最近、十数年ぶり・・っていうことが多い。
今年はそういう星回りなんだろうか。
今日が初日以来4日目、初めての日曜興行。
さすが、13時の回は大入り満員で立ち見もビッシリ。が、
やはり日曜の昼の回は、どんな芝居の興行でもそうだと思うが、
お客さんも気分が弛緩してて、意外に空気は重め。
16時の回は昼よりちょっと入りは少なかった(といっても客席は
満席)が、ノリは昼間より数段よかった。
(ちなみに、芝居するとき、一番やりにくいのは土曜夜公演。
オレたちが普段やってるような小演劇で、土曜夜に来るお客さんと
いうのはたいがい、見る気満々の人々(マニアック、つうか)である。
なんつうか、まあ、よっぽど芝居好きでなけりゃ土曜の夜に
わざわざせまい劇場に足は運ばない。
が、土曜夜というのは、客席が前傾姿勢なのにも関わらず、
舞台上の役者の集中力が一番散漫になるのだ。
だから、もう、笑うくらい舞台と客席がすれ違う。
なので、ここ数年、オレは土曜日の公演は昼だけにしている。)
本日の出番表を楽屋で見たら、新喜劇のあとの漫才陣の中に
『ケツカッチン』の名が。
『ケツカッチン』は、元ベイブルースの高山さんと、和泉修さんの
コンビである。
なつかしー。
18年前、大学に通いながらスタッフとして付いたバラエティ番組
が、和泉修・清水圭の『素敵!KEI−SHU5』(今、巷で
話題の”あるある”関西テレビ)だったのだ。
ついで言うと、初めて演出助手として付いた芝居が、
劇団そとばこまちと吉本興業の合同公演で、その主演が圭修だった
(もう一人の主演は生瀬勝久さん)。
修さんの楽屋に挨拶に行くと、顔を覚えていてくださった。
しかし、ほんと最近、十数年ぶり・・っていうことが多い。
今年はそういう星回りなんだろうか。
01/27/2007 晩酌考−1
なんだかんだと慌しい一週間だった。打ち合わせと書き物と食う
ための労働が立て込み、睡眠時間がどうにも取れないので、
短い時間でドップリ深く眠るため、毎晩梅酒を
バサバサ流し込むようになった。酒飲んで寝たら実は血流が
よくなって眠りは浅くなるとも聞いたが。
しかし梅酒とはいえ、まさか毎晩、酒飲むような生活になるとは。
先週、ある打ち合わせのあとの食事会で(ものすごいエライ人
らとの会食)、出席者の一人がとあるお酒のメーカーの方で、
「ここはやはりうちのビールを!」と言われ、さすがにそんな場で
「いやあ。ボク、ビールだめっす」とは口に出せず、いっちょまえ
に生中なんか無理やり流し込んだ。
みなさん、「いやー、やっぱりビールだ!!」と大人っぽく
ハハハハハ、と笑い合ってはったが。
・・・うーむ。ビールねえ。
そんなに笑いあうほどうまいっすかねえ、あれ。
すいませんねえ、・・「とりあえず、カルピス!」の甘ったるい
生き方を40年してきた人間なもので・・・。
現在やってるのはドラマの打ち合わせ、6月・新歌舞伎座公演の
打ち合わせ、3月、6月公演の台本、5月公演の準備、そこに
今週入ってきたのが8月の夏イベントの企画。
この夏の舞台が、聞けば聞くほど笑いそうになる大規模な
もので、まだ詳しいことは決定していないが、なんせ関係者の幅が
広いので、本気でやるとなったらシャレにならないくらい
なんだかんだと騒ぎになると思う。
とにかく仕事として正念場である。史上最大の作戦、って感じ。
で、ありがたいことに、総合的な指揮をやらせてもらうことに
なってるので、せっかくだからこの舞台には今まで散々、
わがままに付き合わせてきた役者やスタッフにビシビシ、サポート
してもらおうと思う。
ま、都合よく調子ばっかりコイてる、もうどうでもいいやつら
はこの際キッパリ、シャットアウトするけどな。
・・ついに、というか、ようやく、必要と不必要の線引きをギッチリ
出来る環境が揃いつつある。おかげさまで。
こうなることを長いこと、長いこと願ってきたんだ。
ハッキリ告知しとく。
この夏までに会わない人とはこの夏以降もずっと
会いません。そういうことでひとつ、よろしく。
ただ予想できるのは、必然的にこれからバッサバサ飲まなきゃ
いけない機会が増えるんだろうなということ。
仕事の規模が大きくなるということは「大人な会合」が
急激に増えることだとは、やっぱり気付かなかった。
そんなバサバサの合間に、Aさんと飲みながら話し合っている、
大切な、ある芝居のこと。
Aさんは「この芝居、絶対、作ろうよ」と言って下さった。
飲み屋を2軒ハシゴして、オレは梅酒ばっかり流し込みながら、
ほんの少しだけ、この芝居を作るためのヒントを掴めるかもと
思った。
子供が死んでる。
いっぱい死んでる。
そして、いっぱい殺される。
いっぱい、いっぱい、殺されてる。
なのに世間のエライ人たちは、「なぜ死ぬのか」とか「なぜ殺すのか」
って、そんなことばっかり延々と問いかけてくる。
けど、そんなの、「嫌になったから」か、「邪魔だったから」って、
あいつらは一言で済ませるに決まってるじゃないですか。
今、欲しいのは、「なぜ、生きて育てるのか」ってことの、
曖昧でもちゃんと語れる答えだと、オレは思う。
そんなことを、『ヘヴン〜HEAVEN』と名付けた、今は
まだタイトルしかないこの物語に、精一杯、託したい。
そんな話を、京橋のせまーい飲み屋で、Aさんとずっと話した。
いつ舞台に乗せられるのかわからないけど、それまでは
とにかく梅酒ガンガン流し込みつつ、バタバタを続けようと思ってる。
・・『ヘヴン』のこと、ここに書いちゃった。
今も飲んでるからなあ。
ということは、きっと作れるに違いない。今、確信した。
ための労働が立て込み、睡眠時間がどうにも取れないので、
短い時間でドップリ深く眠るため、毎晩梅酒を
バサバサ流し込むようになった。酒飲んで寝たら実は血流が
よくなって眠りは浅くなるとも聞いたが。
しかし梅酒とはいえ、まさか毎晩、酒飲むような生活になるとは。
先週、ある打ち合わせのあとの食事会で(ものすごいエライ人
らとの会食)、出席者の一人がとあるお酒のメーカーの方で、
「ここはやはりうちのビールを!」と言われ、さすがにそんな場で
「いやあ。ボク、ビールだめっす」とは口に出せず、いっちょまえ
に生中なんか無理やり流し込んだ。
みなさん、「いやー、やっぱりビールだ!!」と大人っぽく
ハハハハハ、と笑い合ってはったが。
・・・うーむ。ビールねえ。
そんなに笑いあうほどうまいっすかねえ、あれ。
すいませんねえ、・・「とりあえず、カルピス!」の甘ったるい
生き方を40年してきた人間なもので・・・。
現在やってるのはドラマの打ち合わせ、6月・新歌舞伎座公演の
打ち合わせ、3月、6月公演の台本、5月公演の準備、そこに
今週入ってきたのが8月の夏イベントの企画。
この夏の舞台が、聞けば聞くほど笑いそうになる大規模な
もので、まだ詳しいことは決定していないが、なんせ関係者の幅が
広いので、本気でやるとなったらシャレにならないくらい
なんだかんだと騒ぎになると思う。
とにかく仕事として正念場である。史上最大の作戦、って感じ。
で、ありがたいことに、総合的な指揮をやらせてもらうことに
なってるので、せっかくだからこの舞台には今まで散々、
わがままに付き合わせてきた役者やスタッフにビシビシ、サポート
してもらおうと思う。
ま、都合よく調子ばっかりコイてる、もうどうでもいいやつら
はこの際キッパリ、シャットアウトするけどな。
・・ついに、というか、ようやく、必要と不必要の線引きをギッチリ
出来る環境が揃いつつある。おかげさまで。
こうなることを長いこと、長いこと願ってきたんだ。
ハッキリ告知しとく。
この夏までに会わない人とはこの夏以降もずっと
会いません。そういうことでひとつ、よろしく。
ただ予想できるのは、必然的にこれからバッサバサ飲まなきゃ
いけない機会が増えるんだろうなということ。
仕事の規模が大きくなるということは「大人な会合」が
急激に増えることだとは、やっぱり気付かなかった。
そんなバサバサの合間に、Aさんと飲みながら話し合っている、
大切な、ある芝居のこと。
Aさんは「この芝居、絶対、作ろうよ」と言って下さった。
飲み屋を2軒ハシゴして、オレは梅酒ばっかり流し込みながら、
ほんの少しだけ、この芝居を作るためのヒントを掴めるかもと
思った。
子供が死んでる。
いっぱい死んでる。
そして、いっぱい殺される。
いっぱい、いっぱい、殺されてる。
なのに世間のエライ人たちは、「なぜ死ぬのか」とか「なぜ殺すのか」
って、そんなことばっかり延々と問いかけてくる。
けど、そんなの、「嫌になったから」か、「邪魔だったから」って、
あいつらは一言で済ませるに決まってるじゃないですか。
今、欲しいのは、「なぜ、生きて育てるのか」ってことの、
曖昧でもちゃんと語れる答えだと、オレは思う。
そんなことを、『ヘヴン〜HEAVEN』と名付けた、今は
まだタイトルしかないこの物語に、精一杯、託したい。
そんな話を、京橋のせまーい飲み屋で、Aさんとずっと話した。
いつ舞台に乗せられるのかわからないけど、それまでは
とにかく梅酒ガンガン流し込みつつ、バタバタを続けようと思ってる。
・・『ヘヴン』のこと、ここに書いちゃった。
今も飲んでるからなあ。
ということは、きっと作れるに違いない。今、確信した。
01/21/2007 再会考−1
偶然にも、画家の高濱浩子さんに会った。
94年に舞台の美術を作ってもらって以来、13年ぶり。
三宮でやった芝居だったけど、お互い二十代中盤、でした。
翌年、震災が来てその劇場もなくなってしまった。
自宅の目と鼻の先に美術家が集まるアトリエがあって、カフェも
あるのでふらっと入ったら声を掛けられ、驚いた。
建物の一室が高濱さんのアトリエで、製作中の作品がある中、少し
覗かせていただいた。
最近、若い時にやった事や関わった人と再会することが多い、
気がする。
13年の間のお互いの道筋を話してたら、2時間あっという間に
経っていた。
高濱さんは近年、舞台美術も手がけ、兵庫県立西宮芸術文化センター
芸術監督・指揮者の佐渡裕氏の舞台なども手掛けている。
みんないろんなとこにびゅんびゅん飛んでってるなあ。
アーティスト・三木重人さんとのユニット、ゼンマイカムパニー
のホームページにリンクを貼りました。高濱さんの作品はここで
見られます。一度、ご覧下さい。
94年に舞台の美術を作ってもらって以来、13年ぶり。
三宮でやった芝居だったけど、お互い二十代中盤、でした。
翌年、震災が来てその劇場もなくなってしまった。
自宅の目と鼻の先に美術家が集まるアトリエがあって、カフェも
あるのでふらっと入ったら声を掛けられ、驚いた。
建物の一室が高濱さんのアトリエで、製作中の作品がある中、少し
覗かせていただいた。
最近、若い時にやった事や関わった人と再会することが多い、
気がする。
13年の間のお互いの道筋を話してたら、2時間あっという間に
経っていた。
高濱さんは近年、舞台美術も手がけ、兵庫県立西宮芸術文化センター
芸術監督・指揮者の佐渡裕氏の舞台なども手掛けている。
みんないろんなとこにびゅんびゅん飛んでってるなあ。
アーティスト・三木重人さんとのユニット、ゼンマイカムパニー
のホームページにリンクを貼りました。高濱さんの作品はここで
見られます。一度、ご覧下さい。
01/20/2007 進行考−2
昨日(18日)は、尼崎ピッコロシアターにて、「元禄光琳模様」の
初日を見せていただいた。保戸田時子さん・作。第2回近松賞受賞作で、演出は宮田慶子さん。
絵師・尾形光琳の生涯を描いた作品。豪華絢爛の2時間15分。
主演の太川陽介さんが、抜群によかった。
保戸田さんの筆力のスタミナに降参。
そしてやはり、宮田さんの物作りの緻密さ繊細さに圧倒された。
宮田さんとは、去年、新歌舞伎座で上演された「妻をめとらば」
(作・マキノノゾミさん)のゲネプロを見せてもらった時以来、
久しぶりにお会いした。2月の読売文学賞授賞式の夜、お祝いに
高価な革カバンをいただいたのだが、あんまり立派過ぎて、
自分がまだこれを持って仕事に行けるほどの身分と思えず、
使わないまま置いてある。
あれから1年経つけれど、まだまだあのカバンを持って人前に
出る自信がない。
1月から始まったうめだ新喜劇は今日が3回目。初日以来、バタバタ
で顔を出せずにいるが、次の28日は一部キャスト変えがあるので、
その読み合わせもあり(本番当日に合わせるのだ。おとろしい世界
でしょ?)、久しぶりに覗きに行こうと思う。
新喜劇は、本当は何年も前から書くよう誘っていただいていたのだが、
確固としたルールを踏まえて書くということに恐怖感があって、
ずっと断っていた。今回ようやく1歩踏み出して書かせてもらったが、
面白い仕事をさせていただいた。
6月の新歌舞伎座公演(「天童よしみ特別公演”くれない三度笠”」)の脚本もそうだが、商業演劇というものにはしっかりとした方程式が
ある。書き手がちゃんとルールを理解できてないで手を出すことは
不可能な世界である。長い間、無手勝流でやってきて、『約束事』を
勉強しなかったので、とにかく手こずった。
プロデューサー氏からぼろくそけちょんけちょんに駄目出しされ、
何回、書き直したか。周りのスタッフにもかなりご心配をおかけ
したが、それでも、まったく辛いと思わなかった。
とにかく、異常に楽しかったのです。
テレビドラマも同じことで、「文法」を知らずにはなにもできない。
お蔭様でここんところ、いろんな企画を頂き、ホント悪戦苦闘の
連続だが、しかし、もしかしたら今が一番、モノを書いてて楽しいと
思える時期かも知れない。
『未知のもの』に向かっていくのはこんなに刺激的だということを、
ずっと忘れていた。
40になって、やっとこさ「仕事の面白さ」を実感できている。
新喜劇でも思い知りましたが、とにかく『役者さんの力をあてに
できる仕事』というものが書き手にとってどんなに嬉しいことか。
『あてにできる役者と仕事ができる』なんて、なんと幸せなこと
でしょう。
『パウダア』も、まさにそうでした。すべて、あそこから始まった
ような気がします。
とにかく、自分が書いたものを役者がそれ以上に増幅させてくれる、
それを期待できるからこそ、書き手は唸りながらでもモノを書ける
のです。そこらへん、ずっと気付かずに来てしまいましたが、
これで充実しないわけがありません。
今年で18年目。
やっとこさ、こういうとこになんとか来れました。
いや、しかし、まだまだ、まだまだ、です。
なんせ息切ればっかりしております。
残念ながら、お金もございません。
しかし、これから、もっともっと『あてにできる』仕事に関わって
いきたいと思います。
進行中の企画は、2月にはご報告できそうです。
舞台も、夏までにあと2本、入るらしい、です。
そして今年は夏に一本、大きな舞台の企画が実現しそうです。
これはかなり壮大なプロジェクトで、そのぶん、労力も相当必要に
なると思います。
こちらも随時、ご報告いたします。
秋口くらいには、立派にあのカバンを持ち歩けるような書き手に
なれたらなあとか、コソッと思っております。
本年、ささやかなる野望、です。
初日を見せていただいた。保戸田時子さん・作。第2回近松賞受賞作で、演出は宮田慶子さん。
絵師・尾形光琳の生涯を描いた作品。豪華絢爛の2時間15分。
主演の太川陽介さんが、抜群によかった。
保戸田さんの筆力のスタミナに降参。
そしてやはり、宮田さんの物作りの緻密さ繊細さに圧倒された。
宮田さんとは、去年、新歌舞伎座で上演された「妻をめとらば」
(作・マキノノゾミさん)のゲネプロを見せてもらった時以来、
久しぶりにお会いした。2月の読売文学賞授賞式の夜、お祝いに
高価な革カバンをいただいたのだが、あんまり立派過ぎて、
自分がまだこれを持って仕事に行けるほどの身分と思えず、
使わないまま置いてある。
あれから1年経つけれど、まだまだあのカバンを持って人前に
出る自信がない。
1月から始まったうめだ新喜劇は今日が3回目。初日以来、バタバタ
で顔を出せずにいるが、次の28日は一部キャスト変えがあるので、
その読み合わせもあり(本番当日に合わせるのだ。おとろしい世界
でしょ?)、久しぶりに覗きに行こうと思う。
新喜劇は、本当は何年も前から書くよう誘っていただいていたのだが、
確固としたルールを踏まえて書くということに恐怖感があって、
ずっと断っていた。今回ようやく1歩踏み出して書かせてもらったが、
面白い仕事をさせていただいた。
6月の新歌舞伎座公演(「天童よしみ特別公演”くれない三度笠”」)の脚本もそうだが、商業演劇というものにはしっかりとした方程式が
ある。書き手がちゃんとルールを理解できてないで手を出すことは
不可能な世界である。長い間、無手勝流でやってきて、『約束事』を
勉強しなかったので、とにかく手こずった。
プロデューサー氏からぼろくそけちょんけちょんに駄目出しされ、
何回、書き直したか。周りのスタッフにもかなりご心配をおかけ
したが、それでも、まったく辛いと思わなかった。
とにかく、異常に楽しかったのです。
テレビドラマも同じことで、「文法」を知らずにはなにもできない。
お蔭様でここんところ、いろんな企画を頂き、ホント悪戦苦闘の
連続だが、しかし、もしかしたら今が一番、モノを書いてて楽しいと
思える時期かも知れない。
『未知のもの』に向かっていくのはこんなに刺激的だということを、
ずっと忘れていた。
40になって、やっとこさ「仕事の面白さ」を実感できている。
新喜劇でも思い知りましたが、とにかく『役者さんの力をあてに
できる仕事』というものが書き手にとってどんなに嬉しいことか。
『あてにできる役者と仕事ができる』なんて、なんと幸せなこと
でしょう。
『パウダア』も、まさにそうでした。すべて、あそこから始まった
ような気がします。
とにかく、自分が書いたものを役者がそれ以上に増幅させてくれる、
それを期待できるからこそ、書き手は唸りながらでもモノを書ける
のです。そこらへん、ずっと気付かずに来てしまいましたが、
これで充実しないわけがありません。
今年で18年目。
やっとこさ、こういうとこになんとか来れました。
いや、しかし、まだまだ、まだまだ、です。
なんせ息切ればっかりしております。
残念ながら、お金もございません。
しかし、これから、もっともっと『あてにできる』仕事に関わって
いきたいと思います。
進行中の企画は、2月にはご報告できそうです。
舞台も、夏までにあと2本、入るらしい、です。
そして今年は夏に一本、大きな舞台の企画が実現しそうです。
これはかなり壮大なプロジェクトで、そのぶん、労力も相当必要に
なると思います。
こちらも随時、ご報告いたします。
秋口くらいには、立派にあのカバンを持ち歩けるような書き手に
なれたらなあとか、コソッと思っております。
本年、ささやかなる野望、です。
01/10/2007 北南縦断考‐5

中條健一さん。彼を主演に90年に上演した『チンピラエレジー』を今回、50分の新喜劇に書き直した。まさか17年経って再演するとは…。3月まで月4、5回やってます。皆様どうぞお運び下さい。日程は公演告知をご参照下さい。以上、実況おしまい。
01/10/2007 北南縦断考‐4

うめだ花月に午後6時入り、楽屋で読み合わせの後、午後8時初日開演。午後9時無事終了。初日ダメ出し&打ち上げは餃子屋で…。今日1日、ミナミとキタで4000人笑かしてきた、めだか師匠(右)。お疲れさまでした。
01/10/2007 北南縦断考‐3
01/09/2007 北南縦断考‐1
01/07/2007 浴室考−1および改訂案1
洗面所に顔を洗いにいくと、お隣の洗面所からよく水を流す音が
聞こえてくる。そして、オレがこちらの風呂に入ってたらいつも
タイミングよく必ず向こうも入ってる。
まるでわざと合わせてるのかしらんと思うこともある。
んなわけないが。
お隣さんはどんな家族か知らないが、風呂場から聞こえてくる
音からすると、小さな子供がいる普通の家族、と思う。
お湯の中でハシャぐ声から察するに、小学校1,2年の男の子が
いるようだ。男の子か。お相手、大変だろね。
で。
3日前。
風呂に入ってると、やっぱり向こうもお父さんとボクが
一緒にお湯に入っている音がした。またかよ。やっぱ合わせてるな。
「なあ、パパ〜、もう上がってもええ〜?」
「まだあかん。もっと肩までお湯に浸かって、ええと言うまで
数、数え」
ああ、オレもよく言われた。でも、お父さん。今はあんまり、
肩までお湯に浸からない方がいいらしいっすよ。
半身浴の方が健康にいいらしいです。テレビで言うてました。
「いいい〜〜ち、にいいい〜〜〜〜い、さ〜〜あああ〜〜〜ん・・・」
数を数える声が聞こえる。
ああ、そうそう。そうだった。
ガキの時、数を数えるとなぜか間延びした、途中で「あ」「い」
「う」「お」を引っ張る数え方になったよな。あれ、なんでじゃろ。
かくれんぼで鬼が数えるのも絶対、あれだった。
今、もしも稽古場で、タイミング図るのにあの数え方したら、
一気に役者の不信を招くだろうな。
「ご〜〜〜〜お〜〜・・・。ろお〜〜〜〜く・・・・」
黙って聞いてたらこっちが逆上せそうになって、
「お父さん。”10まで”とか”50まで”とか指定してあげるの
忘れてますよ・・・」と、大きなお世話をつぶやきつつ、
こっちは先に上がらせてもらった。
で、昨日。
風呂に入ってぼ〜〜っとしてたら、やっぱり声が聞こえてきたよ。
「・・・パパ〜・・・。まだ出たらあかんの〜〜・・?」
「あかん。まだ、あかん」
毎日、仲良く一緒にお入りですなあ・・とか思いながら、
こっちは湯船で目を閉じた。
最近な、台本書くのが遅れてて、寝不足なもんで。
「・・・いちまんさんぜんはっぴゃく・・・じゅうよん・・。
いちまんさんぜん・・はっぴゃく・・・・じゅうご・・・・」
?
ん?
・・・・いちまん?
ん?
・・・んん?
ハッとなって目を覚ましたら、もう向こうさんは上がったらしく、
それ以上、声は聞こえてこなかった。
で。さっきな。
風呂、入ったらな。
やっぱり今日も聞こえてきたよ。
「・・・・・・・パパ。・・・・パパあ・・・・」
ちょっと小さな、かすれた声でね。ボクがパパを呼んでんだけど、
なのに、パパの声はしないのよ。
「ねえ・・・・。パパ・・・・・。まだ・・・?」
・・・・?
おい。
パパ、お風呂にいるのか?
「・・・・・・ごじゅうにまん・・・・よんせん・・・。
はっぴゃく・・・・。・・・・ねえ・・・。パパ・・・・・。」
パパは、いるのか?
・・・・そこにいるのか?その浴槽に・・・・?
ボクが呼んでる、パパは――。
「ごじゅうにまん・・・・・よんせん・・・・・はっぴゃく
・・・・・よんじゅう・・・・・・・・・・・さん・・・・。
ごじゅうにま・・・・・。
パパあ!!!!」
オレは湯船から飛び出して、思わず窓の外に向かって叫んだ。
「ボク!ノボせるよ!!!!!!!!!!!」
お父さん!!
数は最初に決めてあげなきゃあ。
なんでオレが気、使わなきゃなんないの。
聞こえてくる。そして、オレがこちらの風呂に入ってたらいつも
タイミングよく必ず向こうも入ってる。
まるでわざと合わせてるのかしらんと思うこともある。
んなわけないが。
お隣さんはどんな家族か知らないが、風呂場から聞こえてくる
音からすると、小さな子供がいる普通の家族、と思う。
お湯の中でハシャぐ声から察するに、小学校1,2年の男の子が
いるようだ。男の子か。お相手、大変だろね。
で。
3日前。
風呂に入ってると、やっぱり向こうもお父さんとボクが
一緒にお湯に入っている音がした。またかよ。やっぱ合わせてるな。
「なあ、パパ〜、もう上がってもええ〜?」
「まだあかん。もっと肩までお湯に浸かって、ええと言うまで
数、数え」
ああ、オレもよく言われた。でも、お父さん。今はあんまり、
肩までお湯に浸からない方がいいらしいっすよ。
半身浴の方が健康にいいらしいです。テレビで言うてました。
「いいい〜〜ち、にいいい〜〜〜〜い、さ〜〜あああ〜〜〜ん・・・」
数を数える声が聞こえる。
ああ、そうそう。そうだった。
ガキの時、数を数えるとなぜか間延びした、途中で「あ」「い」
「う」「お」を引っ張る数え方になったよな。あれ、なんでじゃろ。
かくれんぼで鬼が数えるのも絶対、あれだった。
今、もしも稽古場で、タイミング図るのにあの数え方したら、
一気に役者の不信を招くだろうな。
「ご〜〜〜〜お〜〜・・・。ろお〜〜〜〜く・・・・」
黙って聞いてたらこっちが逆上せそうになって、
「お父さん。”10まで”とか”50まで”とか指定してあげるの
忘れてますよ・・・」と、大きなお世話をつぶやきつつ、
こっちは先に上がらせてもらった。
で、昨日。
風呂に入ってぼ〜〜っとしてたら、やっぱり声が聞こえてきたよ。
「・・・パパ〜・・・。まだ出たらあかんの〜〜・・?」
「あかん。まだ、あかん」
毎日、仲良く一緒にお入りですなあ・・とか思いながら、
こっちは湯船で目を閉じた。
最近な、台本書くのが遅れてて、寝不足なもんで。
「・・・いちまんさんぜんはっぴゃく・・・じゅうよん・・。
いちまんさんぜん・・はっぴゃく・・・・じゅうご・・・・」
?
ん?
・・・・いちまん?
ん?
・・・んん?
ハッとなって目を覚ましたら、もう向こうさんは上がったらしく、
それ以上、声は聞こえてこなかった。
で。さっきな。
風呂、入ったらな。
やっぱり今日も聞こえてきたよ。
「・・・・・・・パパ。・・・・パパあ・・・・」
ちょっと小さな、かすれた声でね。ボクがパパを呼んでんだけど、
なのに、パパの声はしないのよ。
「ねえ・・・・。パパ・・・・・。まだ・・・?」
・・・・?
おい。
パパ、お風呂にいるのか?
「・・・・・・ごじゅうにまん・・・・よんせん・・・。
はっぴゃく・・・・。・・・・ねえ・・・。パパ・・・・・。」
パパは、いるのか?
・・・・そこにいるのか?その浴槽に・・・・?
ボクが呼んでる、パパは――。
「ごじゅうにまん・・・・・よんせん・・・・・はっぴゃく
・・・・・よんじゅう・・・・・・・・・・・さん・・・・。
ごじゅうにま・・・・・。
パパあ!!!!」
オレは湯船から飛び出して、思わず窓の外に向かって叫んだ。
「ボク!ノボせるよ!!!!!!!!!!!」
お父さん!!
数は最初に決めてあげなきゃあ。
なんでオレが気、使わなきゃなんないの。
01/07/2007 雪見考‐1
窓の外の雪を見ながら、喫茶店でウトウトしてたら右肩をポンポンと叩かれた。ハッと目が醒めたらちょうど時間だ、ありがとう、お陰で寝過ごさずに済んだよ。……右肩は窓によっかかってたんだけど。BGMは中島美嘉の¨雪の華¨。
01/07/2007 厄年考−1
このところ、息もつかせぬ怒涛のような災難に
次々と見舞われている。
(1)東急ハンズで買った懐中時計が、買ったその夜に止まっていた。
(2)駅でキップを買おうと並んだら、オレの前のばっさまが
モタモタしてて、やっとキップ買ってホームに上ったら、電車の
ドアが閉まった直後だった。
(3)マイルドセブンワン・ロングを買おうと自販機のボタンを
押したら、出てきたのはマイルドセブンワン・メンソールだった。
(4)ウェンディーズで「紅茶下さい」と頼んで、商品もらって
席に座ってトレイを見たら、お湯inコップだけが載ってて、ティー
パックがなかった。
(5)夜中の1時にフラフラで駅に着き、駅前の松屋で豚丼弁当
買って帰り、さあ、食べよう、自分へのご褒美だ!!と思ったら、
箸も紅しょうがも入ってなかった。
・・驚くなかれ、これすべてわずか3日の間に起きた怪現象である。
この「共感されにくい不幸」について語ったら、役者の村上に
「厄年でしたっけ?」と言われた。
そう、確か前厄だっけ、本厄だっけ、どっちかだ。
しかし、厄ってこういうのが立て続けに起きることなのか。
まことに恐ろしいじゃありませんか・・・。
次々と見舞われている。
(1)東急ハンズで買った懐中時計が、買ったその夜に止まっていた。
(2)駅でキップを買おうと並んだら、オレの前のばっさまが
モタモタしてて、やっとキップ買ってホームに上ったら、電車の
ドアが閉まった直後だった。
(3)マイルドセブンワン・ロングを買おうと自販機のボタンを
押したら、出てきたのはマイルドセブンワン・メンソールだった。
(4)ウェンディーズで「紅茶下さい」と頼んで、商品もらって
席に座ってトレイを見たら、お湯inコップだけが載ってて、ティー
パックがなかった。
(5)夜中の1時にフラフラで駅に着き、駅前の松屋で豚丼弁当
買って帰り、さあ、食べよう、自分へのご褒美だ!!と思ったら、
箸も紅しょうがも入ってなかった。
・・驚くなかれ、これすべてわずか3日の間に起きた怪現象である。
この「共感されにくい不幸」について語ったら、役者の村上に
「厄年でしたっけ?」と言われた。
そう、確か前厄だっけ、本厄だっけ、どっちかだ。
しかし、厄ってこういうのが立て続けに起きることなのか。
まことに恐ろしいじゃありませんか・・・。
01/04/2007 啓示考−1
新年3日間の瞑想の果て、長年の疑問についての答えが
導かれた。これを啓示と言わずしてなんとしよう。
「人はなぜ脚本家をセンセと呼ぶのか」
(以前、ある舞台で出演者の大ベテラン・喜味こいし師匠から
「監督、監督」と呼ばれたことがあって、なんのことかわからず、
「おーい。どっかのトボケタじっさまがカントク探してるよー」と
周りに聞いたら、それはオレのことだった・・という例外は別に
して。)
去年あたりから、現場に行くと「センセ、センセ」と呼ばれる
ことが増えた。オレは教員免許は持ってないので、なんで
先生扱いされるかわからず、「先生だなんてやめてください」と
謙遜とかしつつ対応してたが。
よく考えたら、センセと呼んでおいた方が、きやつらには
都合がいいのだ。
「お願いしますよ、センセ。」
「しっかりしてくださいよ、センセ。」
「それじゃあダメだよ、センセ。」
「しばいたろか、センセ。」
とりあえず「センセ」と呼んでおきゃいいってことだ。
だって、脚本家なんか、ほんとー、適当に扱われるもの。
「ホンがなければ、なにも始まりませんから・・・」とは言う
ものの、それは「ホンがなけりゃ」であって、「ホン書きが
いなけりゃ」の意味ではない。
ホンが欲しけりゃ紀伊国屋書店に行く。山ほどホン、売ってるぜ。
で、劇作家協会かどっかに規定の使用料払えばよろしい(払わない
で使ってる人の方が多いけど。知的所有権の概念、薄いから)。
そうだよなあ。
たとえば、ちょっとニンゲン集まって、お芝居でも
する?ってよくなりますよね(ならんか)。
でも、だいたいみんな役者か演出家を選ぶよな。
目立つし。華やか、っぽいからな。
で、「台本、どうする??」ってなって、だーれも手を上げず、
結局「じゃあ中山、書けよ。おまえ、新聞読むだろ」みたいな
妙な決め方押し付けられ方で決まるものだ。
ホン書きなんてな、書いたら書いたで、なんでこんなこと
書くんだキサマは、みたいに、下手すりゃ全人格全人生
否定されてね。「いやあ、でも・・」みたいな事、モゴモゴと
反論しても「とにかくちゃんとやってくださいよ、センセ!!」
みたいなね。声でかいやつが会議に勝つ、みたいな理不尽な法則、
見せ付けられるばっかだし。
ま、センセって、とりあえず言っておけ、みたいな。
そいで、気がついたらしっちゃかめっちゃかで、
舞台に載った時には「あれ?オレ、こんなホン、書いたっけ」
みたいなことになるんですよね。で、ホン代なんか屁みたいな
もんだし。「センセ」一発で、どいだけ便利に使われる
職種かしら・・・。割に合わないわ〜〜〜。
でも「ざけんな、やめだ!!」つってもな、
「じゃあ紀伊国屋書店、行きます」って言われりゃセンセ、
慌てますもんね〜。
ま、こういうのが「センセな現場」の実態、ですわな。
そりゃあ、そういう目にばっかり遭ってるとね、ベテランに
なった時、センセの性格捻じ曲がる。オレが知ってるベテランの
作家さんって、みんな性格ネチネチしてるもん。
今年もおかげさまでいろんな現場に行くわけですが
(昨日も正月早々、舞台一本、ご依頼いただきました。
ありがとうございます、とセンセは言っておく)、
まあ、とりあえず、9割方が「センセな現場」であります。
しかし、三が日の瞑想で真理を得たこのセンセは、
どうせ屁、みたいに扱われるんなら、今年はもっとしっかり
センセ気取りで振舞ってやるぜと決めました。
どういう振る舞いがよいか、いっちょ研究してみます(テントウ虫
みたいなグラサンかけて稽古場に来る、とか。舞台に出して
あげるよ・・とか言いながら若い女優さんの指をネチャネチャ
もてあそぶ、とか。あと、偉い演出家をクン付けで呼んでみるのも
いいかも・・。”ニナガワくん”とか”ノダくん”とかな。)
今年は5月くらいに、また趣味のユニット組んで
「センセじゃない」芝居作りもしっかりしとこうと思います。
取替え可能な「センセのホン」ばっかりの書き手じゃなく、
もっともっと「ヒシダのホン」こそを求められるようになるのが
今年の抱負っちゃ、抱負か、と。
導かれた。これを啓示と言わずしてなんとしよう。
「人はなぜ脚本家をセンセと呼ぶのか」
(以前、ある舞台で出演者の大ベテラン・喜味こいし師匠から
「監督、監督」と呼ばれたことがあって、なんのことかわからず、
「おーい。どっかのトボケタじっさまがカントク探してるよー」と
周りに聞いたら、それはオレのことだった・・という例外は別に
して。)
去年あたりから、現場に行くと「センセ、センセ」と呼ばれる
ことが増えた。オレは教員免許は持ってないので、なんで
先生扱いされるかわからず、「先生だなんてやめてください」と
謙遜とかしつつ対応してたが。
よく考えたら、センセと呼んでおいた方が、きやつらには
都合がいいのだ。
「お願いしますよ、センセ。」
「しっかりしてくださいよ、センセ。」
「それじゃあダメだよ、センセ。」
「しばいたろか、センセ。」
とりあえず「センセ」と呼んでおきゃいいってことだ。
だって、脚本家なんか、ほんとー、適当に扱われるもの。
「ホンがなければ、なにも始まりませんから・・・」とは言う
ものの、それは「ホンがなけりゃ」であって、「ホン書きが
いなけりゃ」の意味ではない。
ホンが欲しけりゃ紀伊国屋書店に行く。山ほどホン、売ってるぜ。
で、劇作家協会かどっかに規定の使用料払えばよろしい(払わない
で使ってる人の方が多いけど。知的所有権の概念、薄いから)。
そうだよなあ。
たとえば、ちょっとニンゲン集まって、お芝居でも
する?ってよくなりますよね(ならんか)。
でも、だいたいみんな役者か演出家を選ぶよな。
目立つし。華やか、っぽいからな。
で、「台本、どうする??」ってなって、だーれも手を上げず、
結局「じゃあ中山、書けよ。おまえ、新聞読むだろ」みたいな
妙な決め方押し付けられ方で決まるものだ。
ホン書きなんてな、書いたら書いたで、なんでこんなこと
書くんだキサマは、みたいに、下手すりゃ全人格全人生
否定されてね。「いやあ、でも・・」みたいな事、モゴモゴと
反論しても「とにかくちゃんとやってくださいよ、センセ!!」
みたいなね。声でかいやつが会議に勝つ、みたいな理不尽な法則、
見せ付けられるばっかだし。
ま、センセって、とりあえず言っておけ、みたいな。
そいで、気がついたらしっちゃかめっちゃかで、
舞台に載った時には「あれ?オレ、こんなホン、書いたっけ」
みたいなことになるんですよね。で、ホン代なんか屁みたいな
もんだし。「センセ」一発で、どいだけ便利に使われる
職種かしら・・・。割に合わないわ〜〜〜。
でも「ざけんな、やめだ!!」つってもな、
「じゃあ紀伊国屋書店、行きます」って言われりゃセンセ、
慌てますもんね〜。
ま、こういうのが「センセな現場」の実態、ですわな。
そりゃあ、そういう目にばっかり遭ってるとね、ベテランに
なった時、センセの性格捻じ曲がる。オレが知ってるベテランの
作家さんって、みんな性格ネチネチしてるもん。
今年もおかげさまでいろんな現場に行くわけですが
(昨日も正月早々、舞台一本、ご依頼いただきました。
ありがとうございます、とセンセは言っておく)、
まあ、とりあえず、9割方が「センセな現場」であります。
しかし、三が日の瞑想で真理を得たこのセンセは、
どうせ屁、みたいに扱われるんなら、今年はもっとしっかり
センセ気取りで振舞ってやるぜと決めました。
どういう振る舞いがよいか、いっちょ研究してみます(テントウ虫
みたいなグラサンかけて稽古場に来る、とか。舞台に出して
あげるよ・・とか言いながら若い女優さんの指をネチャネチャ
もてあそぶ、とか。あと、偉い演出家をクン付けで呼んでみるのも
いいかも・・。”ニナガワくん”とか”ノダくん”とかな。)
今年は5月くらいに、また趣味のユニット組んで
「センセじゃない」芝居作りもしっかりしとこうと思います。
取替え可能な「センセのホン」ばっかりの書き手じゃなく、
もっともっと「ヒシダのホン」こそを求められるようになるのが
今年の抱負っちゃ、抱負か、と。
01/01/2007 ご挨拶(仮)
新年あけましておめでとうございます。
年末31日締め切りの台本を、土壇場になって
1月2日まで延ばしていただき、他にもあれこれと追われたため
年賀状一枚もお送りできませんでした。
落ち着きましたらあらためてご挨拶させていただきます。
「不義理の菱田」と呼ばれて幾十年。
今年も年明けから不義理大発信となりましたが、ご容赦下さいませ。
今年も劇場にて皆様とお会いできますことを。
年末31日締め切りの台本を、土壇場になって
1月2日まで延ばしていただき、他にもあれこれと追われたため
年賀状一枚もお送りできませんでした。
落ち着きましたらあらためてご挨拶させていただきます。
「不義理の菱田」と呼ばれて幾十年。
今年も年明けから不義理大発信となりましたが、ご容赦下さいませ。
今年も劇場にて皆様とお会いできますことを。
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