かなり知られたエピソードですが。

かのJ.F.ケネディは、あのキューバ危機の真っ只中、
世界を震撼させた「13日間」、ずっとつぶやいていた言葉が
「あー。この世に子供さえいなきゃーなー」だったそうです。

別に、新しいおねーちゃんができて、身の振り方考えてたわけ
じゃあございません。

キューバの背後に立つソ連に対し、これはもう核のボタン
押すしかないかという、なんせギリギリの選択を迫られ、
思わず吐いた苦悩の言葉だったのです(実際は
「この地球上に子供たちさえいなければ
こんな選択は容易に判断できるのに」です)。

ああ、この一言だけで、ケネディがアメリカ史上最高の大統領で
あったと、永久に語り継がれる資格があると実感します。
マリリン・モンローとなんだかんだあったとか、
なんせ下半身は暴走気味とか、
そんな、巷間囁かれるヤンチャな人間性なんか
まったく関係なく、

・・・この人は真にリーダーたる資質を持った人であったと
確信できます。だからこそ、あの時代、アメリカの国民は
若きケネディに大きな希望を託したのではないでしょーか。

さて。
思い出すのは今年の春先。
「再生の町」の取材で訪れたとある町の、
実にまったく「町のきっちゃてん」と言うほかない店の中で
吉田D、もじりDと三人で
冷コーすすりながら確認しあった話。

・・・どんな動物でも、虫でさえも、
親はゼッタイ、どんな時でも自分の子供を探しますよね。
つうか、子供探さない動物なんか、世の中にいませんよね。
子供は子供で、親が必死に探してるの、
ゼッタイ、忘れませんよね。
だから、子供探さない親なんて、
人間じゃないって、そういうことっすよね。

もしかしたら、お二人とこの話をした瞬間に、
脚本家として、
「再生の町」を書くために必要な手がかり、
それがシッカリと見えたような、
そんな気がしました。

          ■

(あくまで個人的なことですが。やっぱ。
パチンコやってて駐車場の車の中で子供死なせたとか
子供を家に置いて遊びに出てて、火事で子供死なせたとか
てめーのダメさ加減を子供にぶつけて殴り殺したとか
ネットカフェのトイレで子供産み落としてそのままうっちゃってたとか
そーゆークソの連中は理屈とかスッ飛ばして
裂き殺すべきだと私は、あくまで個人的に、
常々思っております。個人的に、です。)

          ■

さてさて。
今週土曜、あっという間に最終回『希望』です。

NHK大阪放送局ドラマ班・渾身の一作『再生の町』。

どうぞご覧下さいませ。
01/16/2009    崩壊じゃない!
95年の1月16日の夜は
三宮の北野で本番やってた。
で、打ち上げ終わって次の日の朝、
寝てたらジューサーの中に放り込まれた
みたいにシェイクされた。

その瞬間、覚えてるのは
「今、死ねない!!」だった。
なぜそんなこと思ったかというと
タンスの上に潜めてあった
山のようなエロ本やらビデオやらが
飛び出してきて、
かき回されてる身体の上に
バッサバサと落ちてきてるのが
ヒシヒシとわかったからである。
だって若かったからね。
28歳の肉食獣だったし。
一人暮らしだったし。
いっぱいあったのよ、妖しい冊子が。
でもさー。
ここで死んだらさー。
死体運び出す時、絶対、笑われるだろ。
つうか、エロ本に埋もれてるの
発見されたくないし。
性癖バレバレだし。
「それだけはイヤあ!!
堪忍してえー!!
ひいー!!」という、
昭和エロ漫画風の
強い抵抗の叫びが
あの震度7からの
奇跡の生還の支えになったのである。
ステキやん?
さあ、思いきり、感動してください・・・。

住んでたのが三宮だったから、
「グラウンドゼロ」にいたような
感じだった。
ま、阪神全体がグラウンドゼロだったんだけど。

しかし、身内に命を落とした者は
いなかったし、
ど真ん中にいながらどこか
他人事、みたいな気分が
あったのは事実である。
勤めてなかったし。
今とそんなに変わらない生活
してたから。
ただ当時やってた劇団を
ヘラヘラ続けられる場合でもなくなり、
使ってた劇場や稽古場が潰れたり、
昨日まで友好的だった地元のラジオ局が
一切、そこから断絶しちゃったりしたから
そういう意味で「キツー」と
思ったけど。

そりゃまあ、
14年、
いっぱいの涙も
いっぱいの辛さ哀しさも
見てきたつもりだけどさ。

よく周りの人に
いかにあの震災で痛い目にあったかを
説明するネタがあるのだが。
震災の前の週にNHK(神戸放送局制作)
で放送された『今年に賭ける人物』っていう、
今の「情熱大陸」みたいな番組でオレは
ドーンと特集されてたのだ。
で、オレの次の日はなんと
イチロー(当時オリックス)だったのだ・・・。

まー。あのままもし震災なかったとして、
今、オレがイチロークラスの
劇作家(って、そんなのおらんか)に
出世してたかっていうと
それはまったくありえないんだけど。

ただ、震災一週間前までは
それくらい「期待されてたホープ」だった、
ってことですよ。
(ちなみに去年の一月、NGKでやった
『チンピラエレジー』って芝居を
イチローさんがお忍びで見に来はった時、
やーどうも、私あなたと「賭けてた仲間」です
って握手求めようと思ったけど、
関係者とかSPに袋叩きに合いそうだったので
やめた)。

明日、14年目の1・17である。

よく考えたら、
震災でにっちもさっちも行かなくなってる間に
震災離婚をテーマにして書いた
「パウダア」が、書いて10年経って上演され、
おかげで脚本料もらい、次の年に賞をもらって
それで賞金もらった。
だからなんだかんだ言って、
ぜーんぶ食い扶持なくしてたオレが
今、本書きでなんとか
メシ喰えてんのは、そもそも
「パウダア」のおかげでは、ある。

今年の夏から始まるドラマは、
「財政破綻寸前のとある町」を
舞台にしている。
かいつまんで言うと
「崩壊した町」の話である。

この作品を一緒に作っている
ディレクターさんは、
「『パウダア』をイメージして
書いてください」とおっしゃる。
「菱田さんがあれで書いたように、
”崩壊と再生”をテーマに描きたいのです」と。
そう言っていただくことが
いかに作家冥利に尽きるかと
感じつつ、その反面で
デスクの人と脚本料契約
の打ち合わせとかしてると
ああ、オレはどうもこの14年、
「崩壊」でメシ喰ってるんだなあ、と
思ってしまう。

しまいに崩壊作家って言われるかしらん。

そういうつもりはないんだけど。

だけどちょいとした
後ろめたさはずっと持ち続けようと
決めている。
そういうのがあれば
これからも
書いていけると思うんすよね。

今日は徹夜で別のもんを書くので
明日の、あの時間は起きてるはずです。

いやらしい本は
さすがにもう持ってない。
備えあれば憂いなし。
07/14/2008    放送考−2
まさか夜中の午前2時前に、テレビに向かって
叫ぶとは思わなかった。「やられたあ!!!」って。

12日(土)、ABC朝日放送、土曜ナイトドラマ『幻影』最終回。

このドラマは、全7回。僕はうち3、4、6回の脚本を
担当したわけですが。

企画段階、放送開始から最終回まで、このブログでもほとんど
(まったく)触れなかったのだ。つうか「触れようない」と
思ってたから。一応脚本家としてスタッフ参加してましたが、
正直、このドラマに関してはひじょーに触れずらい面が多々
あったわけですな。
それはまあ、なんちゅうか「大人の事情」っちゅうやつで。
あるんだ、こっちもいろいろ。業界の事情、ってやつで。
仕事ですから、こういうこともあるわけです。

作品としても、実際この『幻影』は企画も担当した
脚本家・永富義人氏の「オリジナル」だと僕は思ってまして、
「中継ぎ」の役割で書いてる立場としても、「触れ方
わかんなかった」わけで。ここらへん、基本”一話
完結”の「オトコマエ!」と、個人的な距離感、違うわけで。

で、第6話を書いて送ったあと、これもまた「大人な事情」で、
最終話の脚本を読むことができず、結局、一視聴者として
まったく予備知識なしでオンエア見たわけです。

見てない方にどう説明しようかと迷いますが。
ただ、とりあえず、僕は「やられた・・・」と叫んだ、のです。

実を言うと、僕が会議に参加していた段階では、このドラマの
最終話は、もうひとつ別の「終わり方」が設定されてたのです。
で、それは、たぶん非常に「見る側に親切」な終わり方、だった。
わかり易い、なるほど、な幕の閉じ方。
幻想サスペンスとはいえ、やはり「そうか、そうなったか」と
一安心させられることが、たぶん「ドラマ」の基本なんだと思います。
そういう、終わり方がちゃんと話し合われてた、のです。
僕が会議に出てた時まで、は。
しかし、6話を書き上げてから、僕はそこからどうなったのか
まるっきし知らずにいたのですから、最終的に作り上げられた
「結末」が、僕が知ってた終わり方とは、もうまったく別次元の、
まったく真逆の、それはもうとんでもなくシュールな終わり方に
なってたことに、なんせ衝撃を受けたわけです。

説明しずらい・・・。見てない人、ようけいてるだろし・・・。

ただ、とにかく、
「そ・・・そんなこと、テレビでするかあっ?!!!!」
な、幕引き、だったわけです。

で、僕は、感動したわけ。
もう、ほんと、素直に、リスペクトしたわ。
たしかにスタッフ参加してたけど。
そういうの、一切、まったく、関係なく。
スタッフ、すごい、と思った。
他人事みたいに言う。
だってほんとに知らなかったんだから、諸々の事情で。

んー。なんて書けば伝わりますかね。

・・・もしかしたら、これは失敗、かもしんない。
いや、大失敗、・・・かもしんない。
でも尊敬する。
一応、同じ作り手として砕かれた。
もしも、あの、オレが知ってた「予定通りの結末」で
幕が引かれてたら、表面上成功、だったのかも知んない。
けど、たぶん、こうまで砕かれはしなかった。

・・・つまり、そういう感じ、です。
伝わり辛いでしょうけど。

けど、ですよ。
今、ドラマの世界で「アーティスティック」なんてもの、
たぶんどこにも置けない、置き場所ない、と思うんですよ。
だいたい脚本だって、脚本家がひとりで勝手に書きたいように
書いてるわけじゃないです。
三谷センセとか倉本センセとか橋田センセならいざ知らず。

とにかくスタッフの総意ってもんがあって、あらゆる面で
「基本のコンセンサス」が取れてなけりゃ、断じて”完本”には
ならんのです。
で、そのコンセンサスってのはひとえに
「多少の異論あっても、なんせ”最大公約数の人”に、
ちゃ〜〜んと伝わる」って、ことなわけです。

なのに、『幻影』のスタッフは、
たぶん、かなり確信犯的に
「視聴者ほぼ90%ドーンと突き放し!!」ってやつを、
おもいくそ、やらはったのです。
こんな状況下、それも関西ローカル・
土曜の真夜中の枠の土壇場で、です。
並大抵じゃないです、よ。

降参しました。
拍手せずして、なんとする。

ブラボー、っす。

さて。

オレは、なにしよかな・・・。
05/25/2008    放送考-1
『オトコマエ!』第6話は最初、「捨て犬を巡るお話」を出してたんですが打ち合わせで「ネコにしましょー」ってことになって、その時「んじゃ名前は千代丸ってことで」って決まったっす。それから「そのネコは鳥居耀蔵が溺愛してる」設定に膨らんでいって。
そっからいつの間にか千代丸、全編通して出ることになってたっす。
作ってて、そういう感じでどんどん広がっていくのはドラマでも
舞台でも一番面白いんですねー。
もちろんプロデューサー様やディレクター様の度量の広さがないとできないっすけど。

最初に書いた脚本には
遠山「おまえにゃ聞いてニャいよ」
坪井「ごめんニャさい!!」
二人「ゲラゲラゲラ〜〜〜〜〜〜」
なんちゅう、フザけた駄ジャレのやり取り書いてて、個人的に異常に気に入ってたんすが(ディレクター様にも笑ってもらえたんだが)、さすがに天下のNHK。放送では却下されてた。当たり前ですね。
”「オトコマエ」の反対語は「オンナっぷり」だ!!”って、チーフプロデューサー様に教えてもらいまして、第6話は
そこらあたりを重点に置いて書きました。

「オトコマエ!」は面白いと思うけどな。他人事みたいに言うけど。私は3本書かせていただいたけど、遠く神戸に住んでるもんだから現場とまったく繋がってないわけで。だからひじょーに、ただの一ファンになってます。

私が書かせてもらった次の回は第9話ですが、これは第6話の内容がけっこう伏線になってる話です。
6話と違って、ちょっとマニアック、っす。
大人向け、ちゅうか、ま、「役者の話」です。
お江戸のアングラ劇団(今時、言わないわね)の話ちゅうか。
で、茜ちゃんの「オンナっぷり」がポイントです。
放送は一月くらい先ですが、お楽しみくださいませ。
『オトコマエ!』は来週以降もバラエティ豊かなラインナップが
続きますんでホント面白いっすよ。ええ。


04/21/2008    閉幕考‐1
20080421005048
東京公演千秋楽無事終了しました。事故、怪我もなく終えることができたことが何よりです。スタッフの皆様のご尽力のおかげ、そして各公演ご来場いただいたお客様のおかげです。ありがとうございました。

私といえば、今朝荷物をスーツケースに詰め、一人ホテルの部屋で「あぁ…だから今夜だけは…キミを抱いていたい…あぁ明日の今頃はボクは汽車の中…」と懐かしのチューリップを口ずさみながらチェックアウトして新宿に来たものの、劇場で制作さんに「菱田さん。ホテル、明日まで取ってるんですよ」と事も無げに言われ、なにさ、一瞬でもおセンチになったこの気持ちを返してっと叫び、今、新宿のコインロッカーにスーツケース入れたままノコノコ蔵前に戻っている途中であります。マヌケですな。スーツケースん中に替えのパンツ入れたまんまだ。クソ、復讐のため二日続けのパンツで寝てやる。なんの復讐なんか知らんが。

打ち上げも程よく終了しました。まだ水曜からの大阪、名古屋がありますし。「では大阪でお会いしましょう」つってみんな歌舞伎町をあとにしました。

最終公演は客席もほぼキッチリ埋まっておりました。ありがたいことですね。アイバーズやシンドウマナ部(進藤ちゃんファンの総称として勝手に名付けました。思いつき。ホントはガク、だけど。進藤ガク部じゃ大学みたいだから)のよいこちゃんたちや、他のお客様方が(富田くんのファンで全公演来てはる方もいたはりましたな。素晴らしい。恵まれとりますなー)総集結みたいな感じでしたな。よかったよかった。

いやまあ。正直書くけどさ。個人的に、演出としてよ、この芝居やんのにアプルは大き過ぎると思ってた。それは今でも思う、ハッキリ言って。舞台「手紙」って作品を細部までキッチリ見せて隅々までお客様に伝えるためにはMAX400席がベストだと思う。けどアプル、700超だもん。役者の集中力とか緊張感とか。お客様の状態保つためにも新宿なら紀伊國屋ホール、大阪なら昔の近鉄小劇場が理想なんです。
けど決まってるもんは仕方ないし、オレの趣味で劇場選ぶわけじゃないから。何よりこれはビジネスなんだから、箱が決まってるなら演出はその箱に見合うだけの芝居にすんのが仕事だし。
ただ一番気になったのは観客動員ってことで、MAX700でほどよく入って500。それが10回で5000人ですか?これはですね。いくらなんでも無理だ。今この規模の芝居で実数5000って相当だよ。東京の、ほんの一部の人気劇団くらいだよ、そんな数。アイバーズやシンドウマナ部がちゃんといてるつっても、彼らのお客さんに向ける舞台としてはお料金もね、ちょい割高だし。芝居の内容も文芸でヘビーだし。それに平日の昼公演もあったしね。新宿コマの客層じゃないんだから。だから、どうかなぁ、強烈にお客の薄い日、絶対あるぜと覚悟してたんだわ。
なんで危惧するかっつうと、演者にそんな気、使わせたくないから。若いから、それでテンション下がるってこともあるから。相葉も進藤も実際はそんなのに左右されないやつだけどさ。付いてる身としてはやっぱりね。
だけどですよ、実はですね。初日開いてから客足が日増しに伸びてたんですよ、これが。満席ってわけじゃないけど平日の昼も程よく来ていただいてたし、前売りの数から読んでみたら明らかに伸びてた。だからホントに全公演、程よい感じで迎えることができたのです。
先細りすることあっても伸びるってのは珍しい。だからやっぱり、これは役者が気張ったからだと思うわけ。エラかったねーって思います。ワシャ自分が作った芝居、自分でよかったと思うほどスットコドッコイじゃないつもりだし(いや、思ったらデカイ声でしつこく言うけど。今回はよう言わんわ。だってビジネスだから)、ホントに役者の踏ん張りだと思いますよ、ええ。東京の成果はそういうとこかな、と。

で。新大阪も名古屋も輪をかけてアプルよりデカイんだよなぁ。けどまぁ、新宿で慣らした緊張感、切らせなきゃ大丈夫でしょ。結構タフだよ、あの人ら。

まあそんなわけで、やっと明日、帰ります。でも今週は別件で二回も東京出て来ますけど(だから大阪の二日目の昼は劇場に立ち合えない。ま、心配はしてないけど)。

では大阪、名古屋の皆さん。程よく優しく迎えてね。

どーもありがとうございました。

(補考)
東京での稽古期間中から千秋楽にかけて多数のお客様から山ほどのメール、メッセージをいただきました。本当にありがとうございました。いただいたメッセージは随時彼らに伝えさせていただきました。楽屋でいつも「一緒に作ってくれてんだからちゃんとやりましょー」つっておりました。本当にありがとうございました。
04/20/2008    楽前考‐1
20080420004832
初日からずっと客席一番後ろで見てきましたが、今日の夜は袖口に付いてそばから見ておりました。袖からお客様の顔が見たかったのと、一つ確認しときたかったことがあったので。

しかし、よく考えたらキャストやスタッフにはどえらい迷惑な存在でしたよ。前半は下手にいたけど道具のハケ出しの導線塞ぐし、役者の出を妨げたりして(富田クンが出る間際、“そこから出ますっ”って叱られました。すまんすまん)これはいかんと上手に回りました。後半の居酒屋シーンの後ろの客、これは毎回シフト決めてて日替わりなのですが、今日の役設定は“進藤学のポストカード見ながらキャアキャア盛り上がってるオカマ二人組”だったらしく(設定は役者に任せてるのです)、楽しそうなので袖から「たまたま店に来た知り合いのオカマ」の役設定を作って手を振ったらキャアキャア言いながら手を振り返してくれました。コッソリ楽しめました。
ラストの慰問シーンではどうしても真横から相葉を見ておきたく、邪魔にならないよう幕ギリギリで這いつくばってたら「緞帳降ります!!」とスタッフさんに引っ張り出されました。緞帳の真下にいたのです。あやうく緞帳の下敷きになるとこでした。

まあそんなわけで。
明日の楽を前に確認しときたかったことはシッカリと実感しました。

浅草での稽古入りから今日でキッチリ一ヶ月です。
稽古で一から動きを付け、役者に役を渡し、スタッフさんに段取りを全部預け、たぶん演出として十まで作ってきたわけだけど。そいで初日からずっと前から見て、毎回ああだこうだと因縁つけまくって来たんだけど。
袖口に立ったら、もう舞台は完全に役者とスタッフのものになっていて、僕の立ち入る隙間はなくなっていました。お客様はしっかり舞台を見つめて、ラストでキッチリと大人になった彼を見守ってくれてました。
で、ハッキリと「仕事は果たした」と思えたわけです。作ったものをちゃんと手離せた瞬間でした。
今まで山ほど立ち会ってきて、いつもこれを味わってきましたが、うんよかったねー、楽日を前に、うまくもってこれたねー、つって。

正直言うと一ヶ月前は途方に暮れた。どうするんだ、ワシってね。原作のある芝居でしかもそれがベストセラーで、映画もあって。にも関わらず会ったこともない口きいたこともない若手俳優が中心で。しかも預かるのは前途有望な大事な金の卵なんだから。孵化させる前に腐らすわけにいかんじゃん。オリジナルの戯曲と気の知れた役者たちならともかく。こりゃえらいの引き受けちったなぁ、つって。
うまく運べて当然、シクッたらそこまでよ。だって原作あんだもの。なぁ?普通は手、出さないって。

キャリアもスキルも、正直まだまだ拙いんだけど、けどなぁ。
こいつらちゃんと、今できる器のそれ以上にしたもんね。そいで自分のもんにしてシレッと持っていきよったもんね。そう思う。そう思ったわ、今日。

明日は早く起きて荷物まとめて、一ヶ月籠ったホテル引き払って、着たきり雀でヨレヨレなったスカジャン直してスーツに着替えて、もう演出ヅラやめてお客になって劇場行きます。楽日だもん、作ってきた大事な芝居をちゃんと楽しみなよ。お客さんが空気作ってくれるわ、たぶん。

まだ大阪も名古屋もあるけど、ちゃんと作ってきたんだからそのまま行けばちっとも問題ないだろ。東京で10回凌いだ一番いいとこ持ってけ。

拍手したってちょーだいねー。
04/16/2008    座長考-1
座長だもん。当たり前じゃん。
若手もベテランも全部後回しにしても、座長のそばにベッタリ
くっついて座長の芝居だけダメ出してケシかけてもよ。
芝居の前半で酸欠なりかかってて、舞台袖ハケても衣装の
早や替えがあって、2時間10分、一服なんざ一切できなくてもよ。
昼と夜の間に階段にうずくまってて、ゼエゼエ言いながら、
食欲ないっつってんのに
「メシ食え!!バナナ食え!!」つってせっつかれても。
そりゃ座長なんだからしょーがない。
クラクラしててハアハア言うとっても、客はんなこと
知ったこっちゃないんだから。
座長なんだから、ピンスポがっつり当ててんだし。
頑張ります、つっても、そりゃ座長だもん、頑張るなんて
言うたらあかんのよ。

けどもよ。ちゃんと、ほんとにちゃんと品のある子だから。
いい育てられ方してんの、よーくわかるよ。
だからキャストもスタッフも、後押しできんだよ。
しかもいいお客、いっぱいついてんじゃん、座長。
死ぬんなら「本番終わってから」、だ。
だって座長なんだから。

今日の本番中に大阪からまた舞台の発注きたよ。
6月に、うめだ花月で芸人さんの芝居だそうだ。
かー。6月は道頓堀と梅田、掛け持ちか。
だからワシ、もうすぐにあっち帰るし。そろそろ
次に移るんだ。座長のそばにつくのも残りわずかだ。

大丈夫だって。いい芝居、やってんだもん、座長。
04/13/2008    霧散考‐1
20080413223745
本日、『手紙』公演会場の新宿シアターアプルでは機材搬入、舞台仕込み、音響照明仕込み日。スタッフの皆さんお疲れ様です。

オレは2時過ぎに劇場入り。今日はとくになにもすることなく、とりあえず舞台の状態だけ見て劇場を出る。写真は照明のチェックを進めるスタッフの皆さん。

劇場を出て西新宿へ。都庁近辺の高層ビル群辺りをぶらつくと、何故か自然とチリアーノの『私だけの十字架』を口ずさんでしまうのは年のせいなのか。

明日の劇場リハーサル入りと明後日からの本番を前に、オレはなにがなんでも行かなければならない、会っておかねばならない人がいるのだ。

京王プラザホテルのティールームで待つ。
相変わらず颯爽という感じで現れたのは、演出家の宮田慶子さんである。丸2年ぶり。前に会ったのはパレスホテルのティールームだった。オレが賞もらった夜、受賞パーティーのあと黒革のバックをお祝いにとわざわざ届けて下さった時以来である。本当だったら東京来てすぐにお会いしたかったがなんせ忙しい人である。5月の日生劇場『越路吹雪物語』(主演〜池畑慎之助)が控えているし、先月までは藤山直美さんの舞台の稽古をされてた。オレなんかが書くまでもなく、とにかく日本現代演劇界一忙しく、最高峰の演出家である。大阪の安コント書き上がりのオレがいまだに会ってもらえること自体が不思議だわ。

稽古は滞りなく進んだ、あとは本番…だけど、実はまだオレは吹っ切れてない。なにがって言われても説明できないが、しかしそれを解消させずにこのまま火曜日を迎えたら、絶対ヤバい。なにがなんでも今日、宮田さんに教えてもらいたいことがある…。

宮田さんは商業演劇はもとより、小演劇からジャニーズ事務所の舞台まで手掛けるプロ中のプロである。この人に聞かずしていったい誰に聞くのだ。もはや待ったなしの状態、ほとんどダライラマ14世に教えを請うチベット密教の修行僧の気分だった。

そして結論。

晴れた。かき消すように霧が晴れた。苦行一ヶ月。小屋入りを直前にしてやっと「成すべき仕事」の意味を捉えられた。これでやっと、正面から現場に入れる。

「つまりこういうことです」って、オレが説明できるようになるまで10年はかかるだろうけど。
宮田さん、ありがとうございました。
芝居を選んで幸福だと、ハッキリ思えた夜でした。

さ。
04/02/2008    実感考‐1
20080402223153
本日は稽古終わりに出演者の山本卓、昨日から二泊三日で大阪から覗きに来た役者の村上泰児(鍋を前にざーとらしい顔した男。なぜか『手紙』の大阪公演にアシスタントとして付く)の二人を連れて蔵前のちゃんこ屋「寺尾」(元力士の寺尾さんの店)へ。やっと蔵前に来た実感に浸れた。

本日はついにキャスト全員集まっての通し稽古。さすが2週前から連日やってるだけに、普段、大阪で芝居作ってるよりも10日は早い進行です(大阪で芝居作ったら場所がなくて毎日稽古なんて出来ないもんな)。で、初日まであと2週間弱。
なんちゅうか、まあ。通しやるとね、当たり前だけどテンパり出しますわね。そりゃ特に主演の相葉くんなんかね。ここから初日まで相当しんどくなるわね。神経磨り減るんじゃない?ま、仕方ないよね。磨り減らせなきゃね。
…男の子だね相葉くんは。ホーント、真っ直ぐ、男の子。手に取るように判る「男の子」。で、兄役の進藤学くんはもう真っ直ぐ手に取るように判る「青年」。で、相手役の女優さん二人(富田麻帆くんに松下恵くん)は。
……女優さんはね。
書かない。大事に取っとく。

「男の子」はとことん悩まなきゃ。で「青年」はとことん突っ張らなきゃ、ね。だってそういう芝居を作ってんだから。……稽古前に村上と、6月の大阪のイベントや夏に新神戸でやる芝居の制作進行を打ち合わせしてると、あぁオレもそろそろ“次”も見据えないと、って焦りを実感せざるを得ず。

『手紙』メンバーとの付き合いは残り半分。付き合いの終わりに「あー、とことんやったねー」って実感できたらね。とことんやって「男の子」が「青年」に、「青年」が「男」になるの見届けてから帰りたいもんですね、えぇ。
あ、けどおっちゃんはね、まだまだ「じいちゃん」なるわけにはいかんです。

ハニーたちが恋しい今日この頃、だ。
相当、実感。

01/22/2008    存在考-1
上がれ金運。

長らく曖昧だったことが、なんとなく分ってきた。
「脚本(シナリオ)」と「戯曲」の違い、である。

18年も仕事しててそんなことも分かってなかったかと
言われそうだが、意味ではなくって、「距離感」である。
「自分との関係」といってもいい。

かねてから、「自分の書いたホンは全部、娘。」と思ってきたが、
それはたぶん書いた中でも一部に限られるような気がしてきた。
なんでもかんでも娘に喩えると、距離感が掴みにくくなる。

最近把握したのは、オレにとって「脚本」は「男」で、
「戯曲」は「女」、ということである。

日曜から月曜にかけて、最近よく拘留される渋谷のホテルで
「脚本」を書いてて、朝方やっと上がり、その原稿をメールで
送る瞬間、思わず「行けい!!我に富をもたらせい!!」と怒鳴ってた。
つまりだな。
こいつらは菱田将軍様にとっては「戦場に送り出す男」なわけだ。

いけえい!!存分に戦ってくるのじゃあ!!
そして、必ず勝って、いっぷあい金、稼いでくお〜い!!!
・・・である。
もちろん、馬鹿勝ちで凱旋してくるやつもいれば、
無惨に敗走して内地に送り返されてくるのもいる。
そいつらは懸命なる治療ののち、再び最前線に送り出す。
男だもん。
行かせる。
バンバン行かせる。
無慈悲に行かせる。
だって消耗品である。戦争だもん。
そしてやつらは、見事、将軍様に「よきもの」をもたらせる。
ズタボロになり、戦場の土となり、忘れ去られることもある。
しかし、それこそが「男のロマン」である。
松本零二の世界っぽくて、いい。

一方、「戯曲」はズバリ、女だ。
これはもう、愛でる愛でる。
愛でまくり、愛でられまくりだ。
誰にも触らせんし、自分の中でいったん閉じ込めたら、
そりゃあもう、上になったり下になったり、
ネットリと汗まみれ。
まさに愛欲の日々である。
調教したり調教されたり、人には到底見せれぬ、
なんせもお、愛液まみれの関係だ。
で、なによりこっちは、オレには「なにももたらさない」。
なんせ、金になんない。
なんにも、ブン獲ってこない。
まるっきり、貢がせられるばっかりである。
それでも離れられない。
朝まで、ずっと、キッパリと生!!の関係である。

ところがだ。
女っつのは、たまにビックリするくらい
デッカイものを「もたらしてくる」ことがある。
細かく細かく弾丸撃って、ひとつふたつと戦利品
持って帰ってくる哀しい男と違って、女は持ってくる瞬間が
「秒速かつ破壊力最大」なのだ。
しかもこれがほんとに何年かにいっぺん、だから困る。
離れようと思えなくなるから。

男はね。いつでも切れるけどさ。
いくらだって、代えは作れるし。
女はなあ。
肌が合っちゃったら、ちょっと、変えられないからなあ。

今、手元には「男の鉄砲玉」が次から次へと生まれてきている。
頑張って、ぜひ、ビシビシと富をもたらせていただきたい。
しかしなあ。
「いい女」には、ここんとこお目にカかれてないのだなあ。
早急に、「愛欲の人」を見つけ出さねば。

ま、こんな面白いこと仕事でやれてんだもの、
本物の、生きた人間の友人なんか、うっとーしくって。
オレの人生にまるっきし、必要なし。